CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

有泉徹の年頭所感2011(中編)
 そろそろ製造業が元気にならねば我が国は近々沈没する!



就職難の今は、製造業にとっての格好な人材確保のチャンス



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3Kと言われた時代以降、世の中の採用環境が悪化しても、製造業には、優秀な学生達がなかなか戻ってこなかった。そしてその影響は、各製造業における人材不足につながり、製造業力低下を引き起こしてきた。製造業自身は、余り深くこの問題点を自覚していないのだが、30年来、様々な製造業の心臓部分で、様々な支援を差し上げてきた私には、強く感ずる各製造業の弱点だ。

そして就職氷河期の今、私などに言わせれば、我が国製造業にとっては、絶好のチャンスが到来したと見えてならない。なぜならば、将来の自社を、忠誠心を持って支えてくれる、優秀な人材を、選り取り見取りで採用できるチャンスだからだ。さらにその範囲をバブル崩壊に伴い就職難が始まった1994年以降の新卒者達にまで広げた場合には、その選択肢は数十倍になる。

具体的には、理工系の学科を出たのだが、ブームに釣られ金融界に身を投じ、金貸しや投機家家業になじめずに燻っている人材、M&Aなどにより、欧米や中国資本の経営者に変わり、技術者としての意欲が挫かれてしまった人材、自社の海外転出で意に添わない業務に就かされ燻っている人材、ドクターを取得したのだが、思わしい就職先もなく、助手で燻っている人材などから、新卒時余り深く考えず派遣会社に採用され、派遣社員として各所をたらい回しされたのはよいのだが、使いづらい年代を越えるとお呼びが掛からなくなってしまい、失職の憂き目を見ている人材、さらには失職→ネットカフェ難民→ホームレスと言う不運な人材まで、その範疇と考える。

しかし、ただ漠然と人材確保を行っても当然巧く行かない。それ以前に自社が将来に向け進むべき道筋を明確にし、その道筋を実現するための戦略を熟慮した上で、必要とされる人材を計画的に採用育成を行なわなければ、烏合の衆の集団を生んでしまう危険性があることを、強く留意すべきである。

私が提唱する、平均的な我が国製造業が目指すべき10〜30年後の姿は、“我が国を知恵・頭脳・技・情報の発信元とした、世界の隅々までをそのマーケットとするワールドワイド企業”だ。生産拠点は、扱う商品の特性により、マーケットに密着した現地生産型から、日本国内などにおける一極集中型まで、臨機応変での対応する形態だ。

そして全てを統括する本社機能と、開発の中枢、さらにはマザー工場や金型部門など、物づくりの中枢を国内に置き、人材の効率的な運用、ノウハウ・情報・技術の集中による効率化を図る形態だ。

実はある特定部品で、世界マーケットを席巻しているメーカなどでは、昔からこのような形態が取られている。その他でもカーメーカなどで、同様の形態を取っているところは少なくない。しかし必ずしもその仕組みが、巧く機能していないケースもあり、上記した私の提案は、形態だけを似せるのではなく、本当の意味での最適化を追求した形態であること前提にしている。

さてこのような我が国製造業の姿勢が定まり、かねがね私が提唱している体質強化が実現できれば、当然必要となる人材は急増する。少なくとも高頭脳、高技能の人材を中心に、大幅に増える。それも設計や生産技術の人材だけでなく、営業・商品企画・生産管理・購買・品質管理・高技能工など多岐にわたるはずだ。さらには、外生産拠点における要員分も、大幅増員が必要になってくるはずだ。

私の提唱している製造業力強化を巧く図れれば、その売上は倍増できる。さらにその強化策は無駄を省く取組みでもあるので、大幅にその利益率は向上する。しかしそのためには、役に立つ人材が数多く必要となる。卵が先か鶏が先かの判断ポイントだが、このタイミングでは卵に掛けるべきだと私は考えている。

本稿における私の提言は、この将来に獲得できるであろう利益を見越し、先行投資としての人材確保を行おうと言うことだ。この就職氷河期は、このようなチャレンジに対して打って付けのチャンスであるはずだからだ。


そしてこの製造業における、先行投資としての積極的な人材確保が、我が国経済をよみがえらせ、老人国家に陥ることを防ぐ


我が国には、現在中小を合わせると、400万社を越える製造業がある。またそこに働く従業員の数は、4000万人を超える。そして本稿で私が意識している製造業は、その中核となる大手製造業で、約12000社があり、その従業員数は約1200万人である(図3)



図3 我が国の製造業数と就業人口

一社平均500人の若者を正規採用したら、その総数は600万人を越える。500人を年収300万円平均で正規雇用しても、企業にとっての労務費負担は、一年あたり20億円を越えることはない。一方平成22年9月現在の非正規雇用者は400万人程度だ、失業者300万人と合わせても、各製造業が上記のような積極的な人材投資を行ったなら、非正規雇用者や失業者は、一気に減少することができる。

本人にやる気がなく、このようなオファーに乗ってこない場合には致しかたないが、若年層貧困の問題は一挙に解消できるはずだ。後は、時代錯誤と言われるかも知れないが、”結婚したくなる政策“や“産めよ増やせよの政策”など手厚い保護を通じ、子供の数を一挙に増やす取組みを行えばよい。

さらに300万円年収での600万人の正規雇用は、これだけで18兆円が毎年消費に回ることになる。しかも彼らが所帯を持ち、子供が次々と産まれたとなれば、金持ち爺婆の財布も緩み、消費に対する効果は、年間30兆円どころではなくなるはずだ。

話を戻し、現地生産要員の件を補足する。現地生産では、現地採用・現地育成を行う手もあり、それが効率的な場合には、当然この選択肢を取るべきだし望ましい。しかし、現地風土によっては、端から手がけない方が、効率的な場合がある。中国などはその筆頭だが、人材の流動性が極めて高いことと、現地要員の価値観に難がある場合だ。要するに一生懸命育てても、高給を求めて簡単に辞めて行く。下手をすると図面一切合切や、設備機具さえごっそり持ち出して行くような危険性がある場合だ。


私が提唱する我が国製造業のあるべき姿と、取るべきアクション


さて、かねがね私が述べてきた強靱な製造業力を確立する方法だが、まずは次に述べる私が定義する、我が国製造業のあるべき姿が大前提だ。本稿の大前提でもある。

私は、21世紀を勝ち抜いて行ける製造業は、次のような信念を持って自助努力に努めることだと考えている。

「21世紀を勝ち抜く製造業に課せられた使命は、そのものづくりを通じ、社会正義に反することなく、適正な利益を上げ、株主に適正な配当を行う事にある。利益の分配に際しては、その利益を得るために身を粉にして働いた従業員に対しても、応分の還元(分け前)がなされることは当然だ。さらに納税の義務は基より、企業活動を行って行く上で、協調関係にある社会への適正還元も忘れてはならない。

そしてこれらの責務を各製造業が果たすためには、“旬で、よく売れ、稼げる商品”を常に開発し続ける必要がある。要するに全世界の顧客ニーズにマッチした、安全で高品質且つ適正価格な製品を、より短期間且つ低コストに開発できる実力を持ち、常に安定した商品開発と製品供給を実現することだ。

その結果、我が国製造業が潤い、株主が潤い、従業員が潤い、関係者が潤い、国民全体が潤う構図を実現する事が、我が国製造業が目指すべき姿と言える。なお全世界の顧客ニーズにマッチした商品とは、場合によっては、全世界共通と言うこともあるかも知れないが、原則的には、世界の各地域、各国が持つ、それぞれのニーズに、的確且つこまめに対応できた商品を意味する。

さらに、ますます厳しさを増すグローバル競争の中で、我が国製造業が勝ち抜くためには、強靱な体力(開発力・生産力・販売力)を付ける事が必須だ。世界中の顧客に、喜んで購入・使用してもらえる、高性能・高品質・低価格な製品を、投入し続け、しっかり稼ぎ続けることができる体力である。

このためには、生み出した適正利益の中から、将来(5年〜15年先)を目指した、的確な先行投資(先端技術の仕込み・優秀な人材の確保育成・工場用地や先端設備などの確保など)を行うとともに、ともすれば崩壊しようとしている自分たちの足下(商品・製品開発力の低下=設計力の低下)を、しっかり固めることが最優先で求められている。

また従業員の雇用形態についての私の考え方は、終身雇用を是とする。特に知的作業の集合体である商品設計・開発・さらには物作りの勘所は、それらを担う人材如何でその体力に大きく差が生ずるからだ。

しかし、業績貢献と連動しない年功序列には、賛同できない。少なくとも“働かない人間”“仕事を作り出す人間”“周囲の仕事の足を引っ張る人間は、”利益追求を目的とする民間企業としては、不要な人間(人材ではない)である。このような人間にまで、闇雲に応分以上の賃金を与え続けたり、在社年数だけでポジションを与えるような、愚かな習慣は容認しない。

そして以上のような企業体質に、我が国製造業が変革して行くためには、何を為さなければならないか、どのような手法・手段を用いればよいのかを、この十年来、本ホームページを始め、様々なメディアを通じて呼びかけてきた。

また一方、人材面での取組みに関しては、「21世紀を勝ち抜ける我が国製造業の必須要件は、運命を共にしてくれる優秀な人材の確保」というタイトルで、昨年5月7日より6回連載で、その考え方を述べてきた。

さらに、「我が国製造業の実力を持ってすれば、円高50円でも怖くない。なぜなら我が国製造業が持つ技術がなければ、中国や韓国の製造業は、稼げる輸出商品をつくることができないからだ。」と言うタイトルで、昨年11月5日よりの6連載で私の考え方を提示してきた。

そしてなぜ私が、このような問題提起や指針の提示を行ってきたかは、冒頭の問題指摘に尽きる。要するに、我が国が近い将来消滅してしまう危機感からである。

ところで、製造業平均20億円の年間経費は、製造原価を構成する固定費として捉えると、極めて荷が重い。経営者としての私の感覚でも、とても耐え難い数字である。しかしこれがワールドワイドビジネスで、勝ち組として稼ぎまくるための、将来への布石と考えたときには、その負担感は大きく変わるはずだ。本稿における私の提案は、まさにこのポイントに着目している。

いずれにしろ我が国製造業が、伝統的な良さを残しながら、欧米系のそれと差別化をして勝ち抜くためには、将来に向けた積極的な投資が必須だ。手をこまねいていたのでは、戦わずして敗北消滅して行くしか未来はない。このあたりを、充分に踏まえて、私の提案を受け止めて貰いたい。

しかしとは言っても、唐突に一社平均500人の採用を行なえ、20億円などたいした金ではないと言われても、恐らく殆どの製造業の経営者達は、狐につままれたような反応を示すだろう。さらに人材確保のための投資であるならば、初年度の20億だけではなく、毎年数億の費用が上乗せされてくる。当然のこととして「口から出任せを言うな!」「それでなくても苦しいのにどこからそんな金が出てくるのだ!」などと、強烈な反発が帰って来るに違いない。

だが私からのこの提案は、当然このあたりも充分に織り込み済みである。最終回では、私がこの30年来、様々な製造業で手がけてきた、徹底した開発技術力の向上、徹底した開発・物づくり業務の効率化、あらゆるムダの撲滅などを通じ、究極の製造業力向上を成し遂げた経験を基に、その原資をどこから生み出してくるかを解説する。



(1月14日に続く)