CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

有泉徹の年頭所感2011(後編)
 そろそろ製造業が元気にならねば我が国は近々沈没する!



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多くの製造業が抱える3つの大きな“無駄”



30年以上に渡る我が国大手製造業との付き合いの中で、昔からその問題を抱えながらも抜本的な対策が打てず、未だに膨大な“無駄”を生み出している幾つもの事実を、私は把握している。

私は、商品(製品)開発改革や製造業力強化などの取組みを行おうと、支援を依頼された先には、その取り掛かりに、必ず“現状診断”や“製造業力診断”と呼ぶ、診断行為を行わせて頂いている。診断時点において該当企業が持つ、様々な問題点やそのポテンシャルを、冷静且つ定量・論理的に計る行為だ。

なぜなら私が手がける様々な改革行為は、病気の患者さんを治療する医師と全く同じで、病気を持った企業組織の病根や体力を明確に把握して、的確に治療を行なわないと、的はずれな徒労に陥りかねないからである。そしてこのような診断行為は、開業以来すでに200件に迫ろうとしている。しかも我が国を代表する蒼々たる企業だ。

そもそも20年弱前に、一念発起して独立開業した最大の動機は、少なくとも私の考え方に賛同頂ける製造業には、企業内に内在する様々な問題点を一掃して、強力な製造業力を持った体質に変革して欲しい、そのためのお手伝いをさせて貰いたいとの思いからだった。

しかし実際に様々な製造業の実態を具に診始めると、あまりにも多くの問題点を内在させていることに驚愕した物である。特に以下で取り上げる4つの大きな問題点は、その度合いの悪・良の差こそあれ、全ての製造業で膨大な“無駄”とロスを生み出していた。

バブル崩壊直後は、まだそれまでの余力を保てていたためもあり、それ程顕著でもなかったのだが、2000年以降の顕在化には、あきれかえるしかないほどの物がある。特に折角ベテラン社員を大量解雇(リストラ)し、非正規雇用者をその穴埋めに使った例で、以前なら起こりえ無いような様々な問題を引き起こし、膨大な“無駄”を生み出していた製造業が珍しくなかった。「何のためにリストラを行ったのか」と私に強く糾弾された物である。

一般にこれらの製造業には、図4に示すような3つの大きな“無駄”がある。これらの“無駄”は、この20年来私が提唱してきた「フロントローディング設計」、即ちあらゆる場面で起こるであろう問題を予測し、先手を打って潰し込む予測型設計を駆使してやれば、一掃できる“無駄”なのだが、多くの製造業では、未だにこの無駄に悩まされ続けている。

具体的には、試作段階で生ずる極めて膨大な手戻・後戻りの問題。量産立上げ段階では、そのスムーズな立上げ(垂直立上げ)を妨げる様々なトラブルの問題。そして製品出荷を始めると、大挙して押し寄せてくるクレームの問題である。そして極めて膨大な“無駄”金を(数十億〜数百億規模で)どぶに捨てている。

だからこの“無駄”を一掃してやれば、上記した初年度20億円、以降徐々に増加する人材投資原資など容易に捻出できると言う話だ。

そしてこれらの“無駄”は、頭では常に先手を打って、質の高い設計を行なってやれば、一掃できると容易に分る話なのだが、いざそれを解消しようとすると、極めて難しい取組になる。そのためこれまで私がつぶさにその内情を見てきた、200件に迫る“診断”先では、結果として手付かずに近い状態で放置されていた。その殆どが過去様々な取組みを、一生懸命行ったのにもかかわらずだ。



図4 製品開発過程で生ずる三つの大きな無駄

ではなぜこのようなムダが生ずるかだが、その主たる原因は以下の4点であり、これらを如何なる取組みで解消できるかを、順次解説して行く。


  1. 膨大なクレーム費を生み出す“ヤッツケ開発”
  2. 頭脳リソース、開発リソースを浪費し“ヤッツケ開発”“低品質開発”“的はずれ開発”を引き起こす“質の低い商品企画”
  3. 商品リリースタイミングを逃し開発リソースを浪費する“作って・壊して・考えよう開発”
  4. 商品リリースタイミングを逃し製準リソースを浪費し製造品質低下を犯す“非協調(コンカレント)開発”



膨大なクレームを生み出す“ヤッツケ開発”


少なくとも、これまで私が把握した200件に迫る診断先の状況を重ね合わすと、その最大の原因は“質の低い商品企画”に行き着く。特に製品開発途上でコロコロと開発仕様が変わるような開発案件は、膨大なクレーム問題を引き起こすだけでなく、他の“大きな無駄”を生じさせる原因ともなっている。

コロコロと開発仕様が変わる都度、本来なら設計作業は、振り出しに戻ってやり直しになる。ところが多くの製造業で、その商品の“発売予定日”が変更されることは、希である。と言うことは、当然設計出図期限は変更されないと言うことだ。どの時点で仕様変更があったかによって、設計側の難易度は変わるが、いずれにしろ無理をしてその設計作業を進めざるを得なくなる。

多くの場合、“設計案に様々な検討を加え”の部分を手抜きした“ヤッツケ開発”に陥るケースがほとんどである。これでは、必然的に3つの“大きな無駄”を解消する事は不可能であり、何とか試作評価・量産立上げをくぐり抜けても、膨大なクレーム問題を引き起こす原因となる。


頭脳リソース、開発リソースを浪費し“ヤッツケ開発”“低品質開発”“的はずれ開発”を引き起こす“質の低い商品企画”


さらに“質の低い商品企画”は、他にも大きな問題を生じさせている。私がこれまで行ってきた“診断”で、“ハズレの商品開発”を繰り返している製造業が数多くあった。そしてこの問題は、後で述べる“人”の問題につながってくる。

なぜなら、限られたメンバーで、数多くの開発案件をこなさなければならない設計部門に取って、人材をどのように配置するかは、極めて重要なポイントとなる。その案件毎の重要度で、それらに配置するメンバーも自ずと変わってくるからだ。

ところが、結果として全く売れず、稼げなかった商品を、担当営業部門や一部上層部の声の大きさと政治力で、次々と重要案件として開発させられたら、設計部署のモチベーションは維持できなくなる。しかも技術的に難しい仕様を、短い開発納期で要求され続けたら、普通の設計者達なら嫌気がさすに違いない。

設計者のプライドとして、自分の開発した製品が、脚光を浴びることを常に目指しているはずだ。例え苦しい開発過程を経ても、その商品が成功したら、苦労は一瞬にして吹き飛ぶ。しかし、開発仕様に対して全く齟齬の無い製品にも関わらず、発売してみたら“ハズレの製品=“的はずれ開発””で赤字を垂れ流したらどうだろう。

さらに、重要度の高い開発案件ほど、選りすぐりのメンバーが充てられるのは世の常で、他の開発案件を担う設計者の質は、自ずと低下してしまう。この結果、本来なら稼ぎ頭になるはずの商品が、設計品質がネックになり、売上も伸び悩み、しかも次々と発生するクレームがその利益を食いつぶすなど、笑えない現実が各所で生じていた。

21世紀を勝ち抜ける製造業の必須要件の一つとして、強い商品企画力があると私は考えている。限られた手持ちの駒(質の高い設計者に代表される設計リソース)の、最大有効活用が叶う開発態勢を確立できなければ、その製造業はいずれは脱落して行くと考えている。「弾も数打てば当たる」的な、旧態然とした、商品企画は許されない時代のはずだ。

そして私は、FS(フィジビリティースタディー)手法を提唱し、開発案件の選りすぐりと、開発仕様の質向上に、支援先の皆さんと日々取り組んでいる。


商品リリースタイミングを逃し開発リソースを浪費する“作って・壊して・考えよう開発”


この問題は、私がこの20年来提唱を続けている“フロントローディング設計”を実現できれば、一気に解消できる問題だ。しかしこの“フロントローディング設計”実現は、口で言うほど簡単にできる取組みでは無い。設計過程の様々なフェーズで、自己検証や複数の目によるレビューなどをルール化しても、実体が伴わなければ“絵に描いた餅”の徒労にしか過ぎないからだ。

なぜ巧く行かないかは、偏に“人”が原因となる。先手を打って問題を潰し込むという“フロントローディング設計”を実現するための設計検討や、検証を手抜きし、形ができれば設計ができたと勘違いしている、似非設計者達の存在が最大の原因である。

これを言うと、多くの製造業の設計現場からは、「うちではそんな事は無い」と強い反論を受ける。しかし私がこれまで行った“診断”で、過去行った設計内容の“狙い”や“意図”の説明を求められ、まともに答えられない設計者が極めて多かった。

「3年も前に行った設計内容を突然聞かれても・・・」と言訳をするが、私が質問するポイントは、その開発途上で幾度も問題を起こしたり、出荷後クレーム問題を起こしている部分の設計内容だ。まともな設計者なら、このような部位の設計内容は、10年経っても答えられなければおかしい。「例えこじつけの自己弁護でも良いから」と私は考える。



図5 設計者の思考・作業のプロセス

本来設計という行為は、図5に示すよう、設計の目的に対してその具体化手段を考え、そのアイデアを具象化する。そしてその具象化した設計案に様々な検討を加え、設計目的にその設計案が合致していれば次のステップの設計案検討に進む。設計目的に叶っていなければ、図面を消して(2次元CAD以降はレイヤー分けなどの手段もあるが)新しい設計案を考える。そしてこの作業を、螺旋階段を上がるが如く繰り返し、設計ゴールに至る行為を指す。

ところが上記した似非設計者達には、“設計案に様々な検討を加え”の部分を大きく割愛し、見てくれだけが仕上がり、とにかく物が早くできる事を目指す傾向が見て取れる。「机上で難しいことを予測するより、とにかく物を作って、問題が出たら直せばよい、その方が早い、昔からそうしてきた」と悪びれることがない。

確かに、20年前の我が国製造業における設計スタイルの多くは、このような設計アプローチを許容してきた。「能書きだけでは巧く行かない、予測する技術も道具もない、とにかく物を作って問題を出してみないと設計が進まない!」「とにかく物を作って見せないと、上層部も、調達も、物づくりやサービスも、コンカレントに参加できない」などという論理が大手を振って通っていた。

しかし、このような文化の中でも“良い設計”ができていた設計者達がいた。私が各所で言う“スーパーエンジニア”達だ。彼らは、それぞれの設計作業の中で、“設計案に様々な検討を加え”の部分を彼らの持つ技術やスキル、若しくは洞察力やシミュレーション能力(CAEに限らない)を駆使して、予測される問題をこの段階で潰し込んで、“後戻・手戻の無い”“スムーズに量産立上げが叶う”クレーム発生が極めて低い“設計をものにしてきた。

表面的には、上記した似非設計者達が行う設計作業と全く同じ流れだ。しかし、図2に示した3つの“大きな無駄”の発生度合に、雲泥の差があった。そして、当時の設計マネージャ達は、この事実を充分に認識し、難しい案件、重要な案件は、これら“スーパーエンジニア”に委ねる、人的な采配で、3つの“大きな無駄”の発生を防ぐ努力を行っていた。



図6 出生数の変動

ところがこの文化も、バブル期における製品開発部署の急拡大(人的水増し)と、バブル崩壊に伴う“スーパーエンジニア”の淘汰、スーパーエンジニア候補生の供給大幅減(図6参照)でその多くが崩壊し、私が言う“似非設計者”の蔓延へと至ってしまったのである。

この“人”に起因する問題を解決する策は、過去私が記した様々な著作に記してあるので、本稿ではこれで留めるが、3つの“大きな無駄”を解消する為には、この部分が最も重要なポイントであることを、改めて述べておく。また本稿の論旨である、積極的な人材投資を提唱する強い根拠でもある。


商品リリースタイミングを逃し製準リソースを浪費し製造品質低下を犯す“非協調(コンカレント)開発”


この問題は、何処でも必須だと言っているのだが、ほとんどで巧くいっていないコンカレント開発態勢の問題だ。特にこの問題は、3つの“大きな無駄”の内、量産立上げ時に生ずる無駄の大きな原因になっている。私が知る限りでも、量産立上げ時に生じた無駄の内の8割が、これに起因していた。

そしてコンカレント開発の不調は、量産立上げ時点で様々な行き違いを生じさせる、部品や素材の調達の不都合、開発途上における営業サイドからの開発仕様変更要求など、様々な不都合を引き起こし、3つの“大きな無駄”以外の無駄も生じさせる原因にもなっている。

詳しくは、拙著「コンカレントエンジニアリングによる設計の改革術」をお読み頂きたいのだが、コンカレント開発の考え方は、1970から80年代ごろの、強かった我が国製造業の製品開発態勢をベースにして提唱された考え方だ。TQCと総称された、企業若しくは事業総力戦での製品開発態勢をである。

そしてこの中では、事業に関わるあらゆるスタッフが、自己の役割の範疇を越え、お互いに協調し合うことによって、後工程で生ずる問題を、前もって潰し込む考え方を強く要求していた。具体的には、開発の進捗に従って逐次実施されるDRを通じて、物づくりのノウハウを、開発段階の設計内容に前もって織り込ませる事などである。

例えば、試作評価の後、物づくりの都合による製品形状の大幅変更が難しい部位などは、試作部品設計段階から物づくりの観点で、その試作部品が量産化されるときの作り方を考え、形状や仕様に織り込ませるなどの取組だ。

しかし、これもバブル期の急激に水ぶくれした態勢が原因なのだろうが、各所でこの文化が潰えてしまい、上記したような状況に陥っている。

「どうせ変わるのだから量産図面が出図されてくるまでは、真剣に開発途上の図面は見ない」とうそぶき、量産開始間際になって「これでは作れない、こんな寸法出せるわけ無いだろう!」などと居丈高に、設計変更を求めてくる例。「図面を見てもよく分らないから、物ができるまでは特にコメントはしない」と開発初期段階での設計内容には一切口出し無かったにも関わらず、「こんな形では売れるわけ無いだろう」「競合にこの機能が劣っている、仕様決定時点では言わなかったが、即刻開発仕様変更し設計をやり直してくれ」など、開発を振出し時点に引き戻さざるを得ないような問題を、生じさせている。

他にも、量産開始直前になって「この部品の調達ができなくなりました、設計変更をしてください」などの話は、最悪の極みである。


以上、3つの“大きな無駄”を撲滅する際に、重点を置いて取組むべきポイントを“質の低い商品企画”の撲滅、“人”の問題解消による“フロントローディング設計”の実現、“非協調(コンカレント)開発”の撲滅の三点に絞って説明した。他にも、それぞれの状況に応じて、対応しなければならないポイントはあるのだが、平均的な製造業では、この三点をターゲットにして集中的に取り組めば、八割以上の無駄削除が叶うと、私の経験上確信をしている。 そして一社平均20億円以上の人材投資原資は容易に捻出できると確信している。