昨今の工業製品にはあらゆる箇所に樹脂部品が使われている。安定した大量生産が可能なこと、金属部品に比べその加工が割安なこと、複数の部品を一体化した構造が作りやすいこと、軽いことなど数々の利点があり、ここ20年の間に驚くほどその利用個所が増えてきた。そしてその樹脂部品を作成するには、何らかの成形という加工工程が伴い、その樹脂の種類や用途により多様な成形方法がある。
現在、世の中で最も用いられている樹脂に、熱可塑性樹脂と呼ばれる部類の樹脂がある。熱を加えると溶融し、冷やすと固まる性格をもつ樹脂である。大きいものでは車のバンパーやインスツルメント・パネル(インパネ)に始まり、テレビなど家電製品の筐体、小さいものでは携帯電話の筐体まで、さまざまな機構部品に用いられている種類の樹脂である。また、その樹脂素材の機械的特性は車のバンパーなどのように柔らかいものや、日用品に用いられる比較的もろいものから、機構部品や軸受けなどに用いられる金属材料にも代替されるものまで、きわめて広い範囲をこの熱可塑性樹脂はカバーしている。
そして、ほとんどの熱可塑性樹脂製品(部品)は、射出成形と呼ばれる成形方法を用い成形される。ペレット状の樹脂素材を熱で溶融し、それに圧力をかけて金型の中に射出注入し、冷やして固まったところを金型の中から取り出す成形方法である。
ところが、この射出成形という加工法は案外むずかしい加工方法で、これまで多くの設計者や成形技術者を悩ませてきた。たとえば樹脂を射出注入する圧力が十分でないと、樹脂が金型の中を十分にまわりきれずに中途半端な不良品しか取り出せないようなことが起こる。また、射出注入する圧力が妥当でも、金型中の樹脂のまわり方が悪いと、流れの先端部分が固まり始めた状態で、複数の流れが出会うような状況が起こる事がある。これが「ウエルドライン」と呼ばれる、樹脂同士がしっかりと結びつかない欠陥個所(強度的に極めて弱い部分)である。また樹脂部品の形状が複雑に入り組み、極めて薄い板厚や厚い板厚が不規則に入り交じっているような状態では、樹脂が十分に流れない現象、ウエルドラインの発生、さらにはそりやひけなどの成形欠陥が複合して現れることになる。
通常、樹脂部品を用いた新商品開発においては、試作金型を作成し試作評価用の部品確保を図る。最近では3次元CADデータを基にキャビティ・コア部分(固定型・可動型)を直接切削加工してきわめて短い期間に試作金型を調達するケースも出てきた。3次元CADで製品形状ができているため、抜き勾配やアンダーカットの処理だけしてやれば、容易にキャビティ・コア用NC切削データが生成できるからだ。
ところが、このような取組みを行ったとき、従来だと試作型設計段階で必ずチェックなされていた、金型設計者や成形技術者の製品形状に対するチェックが入らない場合が出てくる。これまでだと板厚のバランスが悪くて流れにくい製品形状や、ウエルドラインの出やすい形状などは、前もってこれらの技術者から指摘され、試作金型段階で製品形状への折り込みが少なからず出来た。このようなチェックが無くなった場面では、試作金型段階で充填不良が出たり、致命的なウエルドラインが出たりするといった新たな問題が生じるようになってきたのである。
また、このような取り組を行っていない場合で、同じような問題が起きているケースがある。金型設計者や成形技術者の意識低下と技術力低下によるものだ。長引く不況による成形メーカや金型メーカの体力低下もその大きな原因であろうが、一部のこれら技術者のスキル低下は目を覆いたくなるものがある。10年前に計測したファーストトライ時の指摘不具合件数に比べ、昨今の指摘不具合件数が一桁増加してしまっている例さえ最近見かけた。
このような状況下で、樹脂部品を用いた商品開発を行っている設計者が選択しなければならない道は自ずと見えてくる。従来だと、金型設計者や成形技術者に頼っていた試作型設計段階での製品形状に対するチェックを、自らの手で行うことである。より効率の良い商品開発をめざしたとき、より滞りの無い商品開発をめざしたとき、商品開発設計者自身がその商品形状を決める段階で、その成形性までをも十分に考慮した設計を行わなければならないということである。
そして、これらの必要性に迫られた設計者達は、自分自信でプラスチック成形に関する知識を学び、自身の設計に役立てようと思い立つ。しかしここで、また一つの大きな壁に突き当たることになる。射出成形や金型に関して記された書籍・資料類はそのほとんどが金型設計者や射出成形技術者向けに書かれたもので、商品設計者に取って必要な情報を、必ずしも十分に得られる代物ではなかった。
そこで本書では、筆者が20年以上にわたって、数多くの樹脂成形に関わる製造業におけるコンサルティングを通じて得た経験をもとに、基本的な金型設計や成形技術の経験をもたない商品設計者が、これらの問題に対処するために必要な、最低限のプラスチック成形に関する知識や設計アプローチ方法を、商品設計者の立場から解説する。
より良い商品開発を実現しようとする過程では、より真剣に、開発の短期間化、高品質化をめざせばめざすほど、金型設計者や成形技術者達との激しい議論は避けて通れない。金型に関する十分な知識がなければ、この様な場面で金型技術者や成形技術者との対等の議論はできない。したがって、彼らと対等に渡り合うためには、十分に太刀打ちできるレベルでの、理論的根拠に基づいた金型や成形技術に関する知識が必須となる。
本書ではこの様な場面で、商品設計者が理論武装を行うための知識の供給も意図している。そのため、本書を金型設計の入門書的な意味合いでご覧頂く読者には、必ずしも平易とはいえない部分があることを了承頂きたい。
2003年10月 筆者