CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

皆さん巧く3次元CADを活用できていますか?(その3)



(2012年5月11日掲載からの続き)
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緊急補足;

先週の「 商品企画段階〜構想設計段階」を読んだ複数名の方から、問い合わせが相次いだ。「3次元CAD導入と“機械構造全体から見た素性の良い構造への追込みや、物作り観点から見た、造りやすい、ばらつきの少ない製品構造への追込み”は、別な話なのではないか?そもそも設計が固まる前の段階でのCAEシミュレーションは、3次元モデルを一々作っていたのでは効率が悪くて話にならない。また何故この段階から物作りの都合を織り込まなければならないのか?」「彼らが当初、3次元CADの導入目的にコンカレント設計実現を挙げていたとしても、コンカレント設計が実現出来ていないから3次元CAD導入を失敗しているとは言えないだろう」「家でも設計者は、オペレータにモデリングさせている。貴殿の著書などでもそれで良いと言っているのに、何故この例では“駄目”と言うのか?」等、10件を超える問い合わせがあった。

兼々私は、本HPを始め各所で、「3次元CADはあくまでも道具だ。設計改革や設計部署の業務効率向上を実現してゆく、幾つかの道具や手法の中の、たった一つの道具にしかすぎない。」「たかが道具の3次元CADに、コンカレント設計実現などの改革を期待すること自体が大きな誤りだ。」と述べてきた。

本連載第一回目の“補足”では、このような異論が出ることを予測して、「たかが道具の置き換えが、多くの場合、本音の目的になってしまっていたところに、大きな問題がある。」「3次元CADに限らず、設計支援ITツールの導入は、製品開発や物作り部分の根幹部が、ブラッシュアップされることに結びつかなければ、意味・意義を持たない。」「「自分たちの取り組みが、もしかすると巧くなかった?」と思い当たる方々は、早急にこれまでの取り組みを、徹底的に振り返ることをお勧めする。」と述べた。

しつこいようだが、3次元CADはあくまでも道具である。たかが道具にしか過ぎない。「設計の品質向上・開発期間の短縮、設計の生産性向上」即ち良い設計ができるためには、開発途上で問題を引き起こさない、問題を先送りしない仕組み作りが必須だ。これらを疎かにした取組では、まともな成果が得られるはずがない。

そしてこれらの仕組み作りを行うためには、良い設計を実現することを妨げている問題点や、障害点を明確に把握して、一歩一歩これらを潰し込んで行く施策に落とし込まなければならない。

話は遡るが、製図板から2次元CADへの切り替えは、ほとんどの製造業で苦労は余りしていないのが実情だ。手間は、それまでの設計業務では、ほとんど縁のなかったコンピュータを設計者に触れさせるように仕向けたり、その膨大な予算を確保すること以外は無かったはずだ。2次元CADの特性は、いつの間にかオフィス業務における必須のツールとして定着したワープロ、表計算などのパソコン等と同類の性質を持っていた。

例えばワープロの使い始めには、手書きで文章を作成した方が、圧倒的に早かった人が多かったと思う。しかし公に用いる文章には、下書きと清書が不可欠であり、最終的な清書に入るまでに幾度となく修正が入る。これが手書きの時代には、朱書きと清書の繰り返しを行わなければならず、私なども苦労したものだ。しかしワープロを用いると、このような作業がとても簡単にでき、清書も要らないため、あっと言う間にワープロに切り替えた経緯がある。

2次元CADも同様に、最初に描く図面は、私自身の経験でも手書きのほうが圧倒的に早かった。しかし多くの製造業の図面は、既存図面の流用を頻繁に行っており、この部分での効率化に2次元CADは極めて重宝であった。

そのほか図面の仕上がりが正確で美しい、製図作業が奇麗で疲れない等々数え上げたらきりの無いほどの、設計者たちに対するメリットがあった。

だからある日出社してみると、それまであった製図板がすべて撤去され、CAD端末に変わっていたなどの荒業を行っても、設計者たちの大きな抵抗も無く、多くの製造業で2次元CADは定着した訳だ。また、操作を覚えるのもそれほど難しくなかったこともあり、設計者にとって操作を覚える煩わしさよりも、その数倍ものメリットがCADにあることが分かっていたこともある。

しかし3次元CADはどうだろう、操作を覚えるのは難しい、3次元CADに合わせた設計方法を工夫しなければならない、3次元CADを用いることで今までやらなかったような(手抜きしていた)所まで作図、検討をしなければならない、等々設計者にとって見えることはデメリットばかりだ。

これでは当然積極的に使おうとはだれも思わない。仮にこれらのデメリットを知らずに、使い始めた設計者がいても、すぐに気付き、2次元CADに戻ってしまった事例が各所にある。

私の著書「3次元CADによる設計の改革術」を読んで貰えば判るが、3次元CADは、それを用いる企業、事業体、もしくは設計部署には、様々なメリットがある。しかし現役の設計者自身には、全くと言ってメリットが無いことが2次元CADと大きく異なるところだ。

3次元CADに限らず、設計者達の負担になるような、設計支援ITツールの導入は、製品開発や物作り部分の根幹部が、ブラッシュアップされ、企業や事業体トータルとして、大きなメリットを享受できることに結びつかなければ、その導入は、意味・意義を持たない。本連載で紹介している製造業は、たかが道具の置き換えが、本音の目的になってしまい、私が指摘したような取り組みが疎かになっていたと言う、大きな問題を抱えていたのだ。

また、常々述べているが、私が定義する製造業のあるべき姿は、優れた物作り力がその根底にあるべきだと考えている。

その上で、“旬で、よく売れ、高収益を上げる事が出来る商品開発力”と、提案力と戦略性を持った販売力が備わると、他に追従を許さない強力な企業体質が確立できると考えている。そして、究極の設計改革の目標は、常に“旬で、よく売れ、高収益を上げる事が出来る商品開発力“を確立することである。

一方、究極の設計改革を実現するための支配要件には、よく売れる商品を生み出すための、商品仕様の決定作業が如何に的確に行えるかがある。私は、この段階から具体的な設計作業が始まるまでを「フィジビリティースタディー段階」と呼び、商品開発の勝敗は、この段階で95%が決まると考えている。

幾ら顧客受けし、高性能な商品(製品)を開発しても、その工場出荷原価が利益を出せなければ、企業活動は成り立たない。ましてや、幾ら商品仕様が素晴らしく(自分たちの手前味噌では、そのように思っている)ても、自分たちが持っている技術力や技術の蓄積では、その商品仕様が適正期間で、且つ利益の出せる原価で、開発が実現できなかったら、その開発仕様は、単なる絵に描いた餅になってしまう。

要するに、商品企画段階で、3年後5年後のマーケットニーズに、外れのない商品性と品質を持ち、しっかり利益が出せる製造原価が実現でき、確実に所定の開発期間(なるべく短く)で開発が実現できる技術要件の範囲に、その開発仕様は追い込まれている必要がある。

従来から、多くの製造業における商品開発のスタイルは、ともすれば営業主導となり、上で述べたFS(フィジビリティースタディー)が、十分に行われていないケースがほとんどと言っても過言ではない。

例えば、市場性がないと言う錦の御旗の下、“仕込みがされていない技術”を無理矢理要求し、結局はその技術開発が巧く行かず、開発期間が大幅に遅延して、市場投入時期を逸してしまった例。

販路拡大と言う錦の御旗の下、製造原価を無視した低い販売価格と、高スペック仕様を要求し、受注にはこぎ着けたものの、製品一台あたりに数枚もの一万円札を貼り付けて(要するに大きな赤字で)、製品出荷を続ける嵌めに陥ってしまっている例。など、私が行う現状診断で、このような例が後を絶たない。

多くの製造業で陥っているこの様な悪循環を断ち切り、設計者達が、一切無駄な仕事をしない開発環境を作り出すことが、私の考える“究極の設計改革”であるとも言える。

そしてこのFS(フィジビリティースタディー)は、“開発設計途上における仕様変更”大幅に減らすことが出来る。設計途上で行われる仕様変更は、一般に設計品質を大幅に低下させる。何故なら開発途上で行われる“仕様変更”は、期日までに仕上げねばならない設計作業を、振り出しまで戻してしまうことになるからだ。

設計の初期段階での“仕様変更”なら、未だその被害は少ないかもしれないが、設計の大詰め段階で行われたら、最悪な事態を引き起こす。

またコスト未達や、品質未達に起因する設計変更要求も深刻だ。既に性能・品質確認を終わらせてからの、構造や形状変更要求である。本来なら、この場合にも、設計を振り出しに戻してやり直す必要があろう。

しかし現実的には、量産開始の納期が定められており、何処の製造業でも、小手先の設計変更でお茶を濁している。そして、その結果この小手先の設計が、後に重大な市場クレームを引き起こすことも少なくない。さらに、小手先だけではコスト未達を解消できず、赤字出荷に陥らざるを得ないケースを、各所で見てきた。

開発製品のQCD(品質・コスト・納期)がバランス良く成り立ち、お客様に喜んで頂ける製品になるように、徹底的にその仕様を追い込む取組がFS(フィジビリティースタディー)に他ならないからだ。上で商品開発の勝敗は、この段階で95%が決まると述べたが、この段階で、設計作業の重要な部分の殆どは終わると言っても過言ではない。

そして“フィジビリティースタディー”徹底は、設計部署だけで行える物ではなく、その製品開発に関わる営業・設計・生産技術・購買・製造・品質管理などの、物作りに関わる、あらゆる関係者が有機的に協力し合い、真剣且つ徹底的に、開発製品のQCD(品質・コスト・納期)を追い込む必要がある。そしてこれが、私の言う「全社コンカレント開発」である。

この連載で紹介している製造業は、設計の初期段階では、その設計作業に殆ど3次元CADを用いていない。しかし、図面を読めない営業や商品企画のメンバーのために、3次元図形を作成して、それを、商品企画会議やDR0などの検討会資料として用いていた。

折角3次元図形を作成したのなら、図面の読めない、物作りやアフターサービスメンバーが、この検討会に参加しても良かったのではないか。商品企画段階から、製造原価の予測やアフターサービスの難易度等の検討が、同時進行でなされるべきだ。それでなければ、上で掲げた開発態勢を、確立することなど到底無理だからだ。

この連載をお読みになる方は、このあたりの前提事項をよく頭に入れて、続きを読んで欲しい。

なお、この緊急補足冒頭で紹介した、以下に列記する疑問点への答えは、本ホームページの各所で述べているのだが、同様な疑問を持つ会員諸君もあると思われるため、次週はそれぞれについて、改めて私の考え方を述べるつもりだ。


5月11日の掲載内容で指摘を受けた代表な疑問点1
「3次元CAD導入と“機械構造全体から見た素性の良い機械構造への追込みや、物作り観点から見た、造りやすい、ばらつきの少ない製品構造への追込み”は、別な話なのではないか?そもそも設計が固まる前の段階でのCAEシミュレーションは、3次元モデルを一々作っていたのでは効率が悪くて話にならない。また何故この段階から物作りの都合を織り込まなければならないのか?」

5月11日の掲載内容で指摘を受けた代表な疑問点2
「彼らが当初、3次元CADの導入の目的にコンカレント設計実現を挙げていたとしても、コンカレント設計が実現出来ていないから3次元CAD導入を失敗しているとは言えないだろう」

5月11日の掲載内容で指摘を受けた代表な疑問点3
「家でも設計者は、オペレータにモデリングさせている。貴殿の著書などでもそれで良いと言っているのに、何故この例では“駄目”と言うのか?」

(続く)

(2012年5月25日に続く)
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