CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

プリウスのブレーキ問題は、設計ミスでも製造不良の問題でもないと診る。
製品としてのあるべき姿と“高燃費”とのせめぎ合いの結果、売る側の理論が優先された為ではないのか?


私の個人的な趣味もありプリウスは、その発売当初から常に極めて強い興味を持って診てきた。そして1997年の発売以来、プリウスを購入した複数の友人達から度々そのクルマを拝借し、長距離ドライブも含め様々な場面や視点からプリウスに触れてきた。さらに車の乗り換えを検討する都度、プリウスやクラウンハイブリッドはその購入候補にし、その都度の乗り心地や使い勝手を確認してきた。

しかし現時点までプリウスを選択する事はなく、結局は別な車で決着する繰り返しであった。エコという観点からは最優先すべきだったかもしれないプリウスを、なぜ選ばなかったかは、私の持つクルマと言う概念から診たとき、どうしても許容できないフィーリングの悪さを感じたからである。

特にその燃費を優先したとしか思えない、ブレーキフィーリングの“気持ち悪さ感”や “カックンブレーキ”はとても許容できるものではなかったからだ。得られた情報と実際の運転フィーリングから判断する限り、回生ブレーキの電力回生量を確保するために、とにかく回生ブレーキを最優先した結果生じている問題だと理解している。

さらに電子制御による回生ブレーキ優先は、昔からクルマを含む技術分野で仕事をしてきた私に、一つの不安を抱かせた。

恐らく“気持ち悪さ感”や “カックンブレーキ”の原因ともなっているであろう、低速走行時の回生ブレーキ+油圧ブレーキから油圧ブレーキオンリーへの切り替え制御の信頼性の問題だ。余りにも回生ブレーキを優先しすぎており、どのような状態でも制動力を損なうことなく(極端な変化を起こすことなく)、常に巧く制御できるのか。しかも油圧確保に電動ポンプを用いているが、その吐出制御が常にレスポンス良く可能なのか等の不安である。

同じハイブリットのホンダ・インサイトは、プリウスの様なややこしい制御システムを採用していない。常に油圧ブレーキも回生ブレーキも働く仕組みだ。従来車と同じブレーキシステムを採用しており、確かに燃費面からは不利だが、切り替え制御に起因する不安感がないのがよい。

さてクルマという製品が最も優先されて求められる機能の中に、“如何なる状況下でも的確に停止できる機能”があるはずだ。だから定期点検整備や日々の始業点検でもブレーキ系統に対するチェックは厳しく要求されている。

一方、止まるまでの過程で車両制御ができなくなり、衝突事故などを起こす事を運転者は防がなければならない訳で、車両の運転者にはその運転技量が要求されている。だから、その昔ABS等の装置が一般化する前は、急制動を行う際は、必ずポンピングブレーキを行い、車輪がロックすることを防いで車両の制御を維持する運転テクニックを用いていた。当然免許取得の教習では、このことを必須で教えており、世界共通の運転必須技能と理解している。

また雪道や氷結路面で走行する際も、タイヤロックによる車両制御不能状況は起こりうる。しかし運転者が警戒しながら低速で走行している場合には、よほど下手な運転者でなければ、タイヤロックをさせないようなブレーキの踏み加減をするだろうし、滑ったと感ずれば普通はブレーキを弱め制御を取り戻す行為を行う。

さらに、路面一部の氷結や路面継ぎ目やマンホールなどの金属部分で予測しないスリップが生じても、よほどの広範囲の氷結部分でもない限り、問題部分を越えることでタイヤのグリップ力を取り戻し、こと無きを得るのが一般的だろう。中には運悪くスリップ事故になる場合もあるが。

さてここで考えなければならないのは、今リコール問題となっている、プリウスのブレーキがきかない原因が、トヨタ発表のABS動作時のタイムラグにしろ、その他の原因にしろ、問題点は、運転者の予期しない場面で、0.4秒であれ0.46秒であれ、割合長いノンブレーキでの空走時間(タイムラグ)が生ずることである。例えこのことがマニュアルに書かれていたとしても、恐らく普通の運転者ならここでパニックに陥ることは必定だ。

普通の運転技能を持った運転者なら、アイスバーンや雪道では、滑ってあたりまえと覚悟を決めて運転しているはずだ。また濡れた路面や冬の夜道なら、もしかしたら滑るかもしれないとそれなりの覚悟を持って運転しているはずだ。だから仮に滑っても、生憎運転技量が低く事故を起こすことはあっても、普通の運転技量を持った無謀運転をしていない運転者なら、パニックにまでは至ることはなく、それなりの対応が取れなければおかしい。メカの理解の問題はあるが、当然ABSの作動も予測内の範囲であり、パニックに至るまではあるまい。また仮にこれらの場合に、0.4なり0.46秒ブレーキがきかず空走しても、運転者はスリップしていたと思うだろう。

しかし路面継ぎ目の金属部分やマンホールによるABS動作は、大きく事情が違う。前のクルマがブレーキを踏んだため、反射的にブレーキを踏んだところ、全く予期していなかったABSの動作があったら、何が起きたかと驚く。しかもそれが0.4なり0.46秒ブレーキがきかず空走したら、普通の運転者ならパニックに陥って当然と考える。プリウスのブレーキシステムは、まさにこのような状況を引き起こすシステムだと考える。

通常のABSでも、油圧バルブを動作させての制御だから、幾ばくかのタイムラグはあるだろうが、元々ブレーキ力を抜く動作に対するタイムラグに過ぎず、ブレーキが利か無くなる話ではない。少なくとも私がこれまで経験したABS作動では、スリップを防いでくれたと言うホット感はあっても、パニックに陥るなどと言うことには結びつきようもなかった。当然普通の運転者でも、通常のABSの作動では、パニックに陥ることは絶対に無かろう。

クルマは、それぞれの車が持つ特性を理解して運転しろと言う一部識者がいる。確かにランボルギーニやフェラーリを運転する際は、そのような気配りも必要だろう。また30年以上前の国産車なら、このような気配りも必要だった。現にその昔、私が乗っていたN360は、カーブでアクセルオフをすると簡単にひっくり返った。何と2度もひっくり返った経験がある。その後乗ったクルマもそれぞれ癖があり、その癖を配慮しなかったために事故を起こしたこともあった。

しかし現在は違う。ましてやトップセラーのプリウスで、クルマの癖を一々熟知して、それに合わせた運転テクニックを駆使しなければならないなど、誰もが考えないだろう。しかも、その癖の原因がプリウス最大のセーリングポイント“燃費”を稼ぐところにあったとしたら、到底容認できる話ではない。

製品(商品)を開発するにあたっては、よく売れて稼げる製品を、可能な限りその製品(商品)が求められるあるべき姿を崩すことなく、合理的に実現することがポイントになる。

セーリングポイントとして求められるスペックや、製品を構成する部品のコストは、時にしてその製品(商品)が求められるあるべき姿と、相反する要求を突きつけることがある。そしてこの難問を乗り越えるのが、開発エンジニアとしての腕の見せ所になるのだが、現実問題としては塩梅よく妥協点を見いだし、そこに落とし込む場合が一般的だろう。

そして問題は、この妥協点を置く位置である。それぞれの企業が持つ価値観かもしれない。しかし今回のプリウスが引き起こした問題は、クルマとしてマストで要求される、“的確に止まれる“、”適切な運転をする限り制御不能に陥らない“を蔑ろにし、そのセーリングポイントである”高燃費“にこだわった結果生じた問題と思えてならない。

天下のトヨタさんのことだから、常に改革・改善を怠らず、その態勢固めは行なっているとは思う。しかし今回の問題や、米国で問題となっているフルスロットル暴走問題などを診ると、何かこれまでのトヨタさんのイメージにそぐわない。

この際、私が提唱するフィジビリティースタディーや設計思考展開手法などをトヨタさんにも導入頂き、事業に関わるあらゆるメンバーが持つ知恵や感性、経験と知識などを総動員して、漏れのないチェックと、より高い技術の集約を可能とできるような商品(製品)開発態勢の再構築をお奨めしたい。さらにその取組に際して、私どもの“現状診断”を受診頂くのも一考かもしれない。

そして、 “物作りとは何か”、“商品(製品)開発とは何か”を、改めてその原点から見直し、常に真に顧客の立場に立った価値観を持ち、最大効率で的確且つ稼げる、安全な商品開発を実現できるような、商品(製品)開発態勢再構築へと結びつけて頂くことをお奨めする。

また今後、電気自動車が実用化してゆく中で、一充電あたりの走行距離を少しでも伸ばそうとすると、プリウスと同じようなブレーキ制御システムが必要となり、同じ様な問題が生じるはずだ。しかし今回の出来事を他山の石とせず、ハイブリットや電気自動車用の、最もエネルギー効率が良く、ユーザーにとって安全且つ違和感のないブレーキシステムはどうあるべきかを、自動車業界を挙げて徹底追求する良い機会だとも考える。




詳しく設計思考展開手法やフィジビリティースタディーをお知りになりたい方は、拙著を参照下さい。