筆者が経営する有泉技術士事務所は、本年4月で創業25年を迎える。この間筆者は幾多の製造業で、事業改革・設計改革の支援や、フロントローディング設計の定着のための様々な支援を行ってきた。
そしてこれらの取組を始めるにあたり、支援対象先の現状ポテンシャルや問題点を漏れなく把握するために、250件を超える“現状診断”を行ってきた。
そして多くの製造が共通して抱える大きな問題として把握したのは、製品(商品)開発段階の詰めの甘さが無駄な開発費用を垂れ流し、さらには開発期間の大幅遅延を引き起こすことだ。そしてこれは、単に費用の無駄、人件費の無駄だけに止まらず、商品リリース期限との絡みで、中途半端な状況で開発完了をせざるを得なくなり、量産立上げ不具合、出荷商品の品質不良などを引き起こして膨大な損失を生み出していることだ。
一方多くの製造業では、この問題を充分に承知をしており、藁にも縋る思いで、これまで様々な手を打ってきた。
「よそに負けない立派なコンピュータを導入した」「最も優れた高価な3次元CADを導入した」「高性能なCAEも導入した」、要するに情報インフラに代表される道具は、大枚をはたいて取り入れてきた。又これらを設計者達に活用させるための取組として、教育などに大枚と時間を割いて実施してきた。「しかし思ったほど、期待したほどその効果が感じられ無い」。
だがOA機器やOAソフトは、単に紙やボールペン、電卓に代わる道具にしか過ぎない。2次元CADも製図板やT定規、三角定規に代わる道具にしか過ぎなかった。3次元CADと言えでも同じことだ。CAEは、材力や熱力・振動等の数式を筆算で解く代わりを、コンンピュタで解こうとした道具にしか過ぎない。
要するに、たかが道具に過ぎないこれらの物を、多くの製造業では、打ち出の小槌と勘違いしていたはずだ。魔法の杖と勘違いしていたはずだ。そうしたら、成果が感じられないのは当たり前である。
いくら切れ味の良い包丁を買ってきても、包丁の使い方を学んだり、その使い方を工夫していない者の料理は上達しない。またマニュアル本を買ってきても、一朝一夕で美味しい料理を作れないのは当然である。
それよりも驚くのは、上記した筆者が行う“現状診断”の様な取組を殆ど行っていないことと、商品開発とはなんぞや、開発仕様決定とはなんぞや、製品設計とはなんぞや、と言う基本的な部分をしっかり追い込まずして、道具だけで何とかしようとしている例の多さである。
そして筆者は、これら製造業が共通する問題点を解消すべく「フロントローディング設計」や開発仕様策定時の徹底した「フィジビリティースタディ」を提唱して、各所で活用してきた。
筆者が提唱する“フロントローディング設計”の目的は、最高品質・最大効率な商品(製品)開発力を持つ強力な開発体制を確立する事である。なぜならば製造業にとっての強力な商品開発力は、競合他社に先んじ、打ち勝って、市場を席巻して、常に稼げる事業体制へと結びつくからだ。
“フロントローディング設計”とは、商品開発に関わる全能力が有機的に協力し合い、あらゆる場面での手戻り・後戻り、モグラたたきを犯さない取組である。
“フロントローディング設計”は、設計者・解析技術者・研究者達だけで確立することは、一般的には不可能である。商品開発に関わる全知能が、自主的に、積極的に参画して、始めて実現出来る取組である。
そうすれば、世界中のマーケットで消費者が喜んで買ってくれる商品を、最小コスト且つ最短期間で世に送り出し、トラブルやクレームを起こさず、消費者に喜んで使ってもらえる商品開発力を会得できることになる。
そしてその結果、この商品開発力をフルに活用して、常に安定した商品開発と製品供給を行い、我が国製造業が潤い、株主が潤い、従業員が潤い、関係者が潤い、国民全体が潤う構図を実現できるようになることである。
尚CAE(Computer Aided Engineering)と言う言葉には、本来の意味である、コンピュータを駆使したあらゆるエンジニアリング行為を指す広義のCAEと、FEMなどの数値解析シミュレーション指す狭義のCAEがあるが、本稿で用いるCAEは狭義のCAEを指す。