6−2 生産準備段階(中編)
さて、露見した3次元CAD導入効果の“食いつぶし”だが、ここまで各所で紹介してきた物作り部隊を中心とする後工程メンバの、待ちの姿勢が原因で生じた、物作り都合を充分に織り込めていない設計内容が、大きな“食いつぶし”を生んでいた。
具体的には、量産出図が終わり、図面が物作り各部署に配布されると、一週間後あたりから五月雨的に担当設計部署に、特に生産技術や調達部門を中心にして、担当者間の打合せ場面を設けるよう要求が上がってくるようだ。
そして紹介している製造業では、驚くことに、このタイミングが、設計担当者達と物作り担当者達の初めての顔合わせとなり、ここで初めて、物作りに主眼をおいた図面検証が始まるようだ。
「このアンダーカットのきつさでは、スライドがかじってしまい、金型の耐久性に問題がある。このアンダーカットを無くせないか?」
「こんなに厚肉、薄肉が混在していたのでは、樹脂が巧く流れない。また要求している幾何・寸法公差も非現実的だ。公差を**まで緩めてくれ。」
「こんなに小さな曲げRでは、板割れが起き、明らかに歩留まりが悪くなる。何を設計しているのだ!」
「こんな部品配置では、組立ラインで組めないだろう。基本的にこちら側からはアクセスできないライン構成になる!」
「こんな寸法公差を要求されても、手持ち協力会社の加工能力では無理だ。また材料も極めて加工性が悪い材料で、いい値段を付けないと受けてくれるところがない。」
「・・・」
当日確認した、“打合せ”場面での、平均的に交わされる要求項目だそうだ。当日参考資料にと渡された議事録から、ほんの一部を抜粋して紹介した。
そしてこれらは、何回かのやりとりを経て、最終的に“設計変更依頼書”と言う形での、物作り側要求項目として、設計サイドの正式要求として投げられてくる。詳しい数字は割愛するが、従来部品を一部変更した流用部品を除くと、量産出図段階で新規出図した相当数の図面で、設計変更依頼が出されると言うことである。変更要求の大小はあるが、出図された新規図面の殆どに、設計変更要求を出された機種もあったそうである。
担当設計チームは、この要求を受け、それぞれの担当毎に手分けして、設計検討を押っ取り刀で開始するのだが、多くの場合、これが一筋縄では済まない、やっかいな作業で、結果として、対象機種の量産開始が予定より大幅に遅延する、原因となっていた。
物作り側の責任者に言わせれば、
「設計の質が低いから、検図者の目が節穴だから、後工程から図面変更要求を出されるのであって、量産出図段階で“後工程はお客様“の意識を強く持ち、物作りの都合を充分に酌んであれば、このような余計な回り道をしなくて済むし、量産垂直立ち上げもできる。」
「全ては、設計の質が低いからだ。設計部門の怠慢以外の何者でも無い。」
「現に@@チームや**チームは殆ど設計変更依頼を出す必要がない。」
「なぜなのかを設計部署はよく考えるべきだ。」
という剣幕で、自分たちが問題を引き起こす主たる原因になっていることに、全く気付いていない様子であった。
さらに始末が悪いのは、この設計変更依頼が、量産立ち上げを遅延させるだけではなく、上で“食いつぶし”と表現した、事業収益に大きな影を落とす元凶となっていた。
試作評価を一応終了できた設計は、その基本性能や機能に、影響を及ぼすおそれのある部位や構造に対して、手を加えることは原則不可である。なぜなら、杓子定規に言えば、試作評価前に戻って、改めて検証試験をやり直さなければならないからだ。
FEM(CAE)を始め様々な工学手法を駆使して、行おうとしている設計変更が、基本性能や機能に影響を及ぼさないことを、科学的且つ定量的に推測することは可能だが、一般の設計者達が誤り無く、この予測を成し遂げるためには、様々な難関をクリアーする必要がある。
私が各所で展開している“フロントローディング設計”を実現するための一つの手段として、このCAEを活用した予測型設計を用いているが、これを駆使できるようになるまでには、極めて緻密な計画と作戦、十分な準備期間と根気良さが求められる。
ところが、紹介している製造業ではこのような仕込みもなく、また設計者自身で、様々な道具を駆使して、科学的且つ定量的に推測する経験は、乏しい(無い)状況であった。このため、勢いエイ・ヤと覚悟を決めた、デタラメ設計、当たる見込みの全くない山勘設計に追い込まれていたのである。
量産開始期限、新製品の出荷開始期限という、自己の人事考課に真っ先に影響するであろう、評価項目に怯えての、デタラメ開発である。
続いて拙いのは、既に頻繁に批判してきたのだが、担当設計者達が、素人に毛が生えた程度のCADオペレータに、設計行為を丸投げしている行為だ。特に量産出図後は、開発担当チームの人員は、実状を踏まえず大幅に縮小されるために、この行為が大手を振って通用しているようだ。
開発担当チームに残った数少ない設計者が、出図した図面のプリントに、生産技術などと打合せの結果織り込むと判断した、設計変更内容をメモ書きして、それを元に、オペレータが原図を変更するやり方だ。
当日、何枚かのメモ書きされた図面プリントを見せて貰ったが、その指示内容は、ある程度の設計経験を積んだ設計者でないと、自分が対象図面にどのような検討を加え、どのような判断基準で指示された設計変更を織り込めばよいのかが、恐らく理解できないような代物であった。
「このような指示で、的確な確認検証を行った上での設計変更ができるのか?」と言う私からの問いに、
「担当設計者が指示を出す時点でしっかり説明するし、検図段階でもしっかり確認をするので大丈夫のはずだ」と言う答えが返ってきた。
「それでは製品出荷後に、何故大量の市場クレームが起きるのか?」
「この段階における設計の詰めの悪さが原因ではないというのなら、試作確認段階が的確に機能していないと言うことか?」
と言う、重ねての問に、先方は
「・・・・・・」の状況で、この段階での設計の拙さを、暗に認めざるを得なくなった。
実は、紹介している製造業では、量産出荷後の品質不良、すなわち市場クレームを大量に発生させ、その粗利を食いつぶしても余りある、クレーム対策費用を発生させている事実を、前もって経営管理のメンバから聞いていたのである。
なおこの製造業では、この段階での設計変更作業は、基本的に2次元図面化された原図に対して、直接それを弄る方法で行われていた。2次元図面を3面図投影する元になった、3次元CADデータへの設計変更内容の反映は、量産出図を受け大幅に減員された手数の問題もあり、行われていなかった。
「PDMで変更履歴が紐付けられているのだから、後で3次元データを流用する設計者は、必要に応じて自分で変更内容を織り込めばよいと考えている。」との説明であったが、この選択には、私も異論はない。
しかしおかしなことに、金型などに流用をする3次元データだけは、何故か設計部門で変更内容の折り込みを行っていた。私に言わせれば、データを流用する生産技術などの部署が、手を掛けるべき仕事だと考える。
(2012年7月20日に続く)