CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

皆さん巧く3次元CADを活用できていますか?(その10)



(2012年6月29日掲載からの続き)
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6 生産準備段階(前編)

設計部門から量産出図が行われると、製品開発は次の段階に移る。紹介している製造業では、図面は原則2次元図面が原図となり、電子データで図庫管理がされる。3次元CADデータはあくまでも参考図扱いで、PDMを用いて2次元図面の部品番号にぶら下がる形での管理が行われていた。

2次元CADデータと3次元CADデータとの整合性は、3次元データを利用する者の自己責任と言うことで、強くは要求されない形態での運用がされている。しかし量産出図段階では、3次元データから2次元投影図を生成するために、概ね整合性は保たれている。

組立図については、2次元図面は作成せず、3次元CADによる組立図を原図扱いにしている。3次元CAD上における注記機能の向上や、部品形状が少々変更されても、組立図用途には影響を与えない場合が殆どなため、3年ほど前から組立図の3次元化に切り替えたそうである。

この段階にはいると、紹介している製造業でも、生産技術部隊などにその役割の主役が移る。また内外の生産区分や、外注・調達先を判断する作業に、生産管理・原価管理・調達などの部隊も活動を開始する。さらに、補給部品やサービス技術などのアフタ部隊も、量産開始に先だって、パーツカタログやサービスマニュアルなどの作成に着手する。20年前なら、何処の製造業でも見ることが出来た、量産出図を受けて、満を持して生産準備を開始する動きだ。

しかし私にとっては、このような動きには違和感を感ずる。コンカレントエンジニアリングが我が国でも提唱されて、既に20年以上。多くの製造業で、その取組内容は区々だが、製品の開発期間を短縮するために、ボトルネックになっていたあらゆる取組みの、前倒し着手を進めてきた。

しかし200件に至ろうとしている、これまで私が行ってきた“現状診断”では、「どうせ設計が変わるのだから、設計が固まる量産出図までは、図面を見ない!」などと、物作り側のスタッフや責任者が嘯いている事実は、各所で把握してきた。

現実の問題として、質の低い設計部隊を抱える製造業では、前倒しをするべきだと言うことは、頭では判っているのだが、これまで散々痛い目に遭わされ、やはり量産出図を待って、それぞれが担当する役割に着手するのが、最も効率がよいと言う結論なのであろう。

そしてその多くが、私から「鶏が先か卵が先かの、下らない争いを続けている」「必要なことは、如何に質が高い製品開発技術を会得して、より効率がよい、より質が高い製品開発力を身につけるように、自己変革をすることだろう!」と強く指摘してきた。

しかしこれらの製造業の多くは、その内容に違いはあるが、これまで何らかの前倒しへの取組にチャレンジしてきた。そしてそのチャレンジに失敗して、あきらめた上での“現状”であった。

だが紹介している製造業は違った。当日の参加者達にしつこく問いかけたのだが、どうもこれまで、“フロントローディング開発”や“コンカレント開発”、“前倒し着手による先手を打った取組“に、実質的に取組んでこなかったと理解した。改めて「3次元CAD導入検討時点で掲げた、導入の目的や狙いは何だったのか?」と言う私の問いに、会場は「・・・・」の状態であった。

さて、3次元CADのこの段階における活用状況だが、ある意味極めて有効に活用されていた。鋳物、ダイキャスト、樹脂成形、板金加工などのための、金型設計や製作では、我田引水的なモデリングルールが効いて、その狙い通りの効果を上げていた。いずれの金型でも、3次元CAD導入前に比べて、金型ファーストトライまでの期間が、半減以上の成果を上げていた。私に言わせれば、設計部隊に余計な作業をさせているのだから、当然の成果である。

一方金型を醸成するトライの回数だが、3次元CAD導入以前と比べて、一向に減らない状況も把握できた。これについては後で詳しく述べるが、生産技術の責任者に言わせれば、「量産出図後の設計変更が多すぎるからだ」「途中で金型修正が多発して、当初の想定と異なる状況が起きて、トライを繰り返す必要がある」と言うことだ。私から見たら責任転嫁の、卑怯な発言と捉えるが、彼らの社内では、この理論が大手を振って通っているらしい。

また当然のことだが、生産工程設計や、加工組立指示書作成では、3次元CADは、その威力を発揮していた。組立・加工検討ツールを導入しており、設計部門から提供された3次元モデルを取り込んで、生産技術の担当者達は、従来に比べて、極めて短時間でその検討を済ませる事が可能になり、指示書作成も3次元の元図があるために、極めて短時間で作成できるようになったそうだ。(短縮効果については、具体的な数字を示しての説明を受けたが、先方の指示で具体的な数字は割愛する。)

紹介している製造業では、冒頭で触れたように、製造現場における図面レス化、ペーパーレス化が実現できており、加工指示や組立指示は、それぞれのサイトに置かれた大型液晶ディスプレに映し出されるインフラが整備できていた。

工場見学で垣間見た画面には、一部実写の動画を用いている物もあったが、その殆どは3次元CADデータを元に作成された、風船付きの静止画や、アニメーション指示書が映し出されていた。多くの製造業において、“現状診断”や“工場見学”を行ってきた私から見ても、トップ集団と評価しても良い、インフラ環境の整備具合である。

当たり前の話だが、パーツマニュアルやサービス資料の作成でも、3次元CADは極めて効果的に活用できており、これら部門の人員削減や、テクニカルイラストレーション費用の大幅削減がはかれていた(具体的な数字は割愛)。

しかし私に言わせればこれらの効果は、あくまでも3次元CADを用いたことによる副次的効果だ。決して本質的な効果ではない。ところが工学専門誌や、講演会などの席で、この部分の成果を持って、3次元CADの導入効果があったと、大々的に吹聴する製造業が少なくない。またCAD販社の営業マン達は、未だにこの部分の効果を吹聴して、自社CADの優秀性を説く。

しかし、冒頭でも述べたが、3次元CADは“設計の生産性向上や質向上”、“物作り部分の生産性向上への波及”、“市場クレーム撲滅”、“稼げる商品開発”、などを成し遂げるための道具の一つでしかない。要は“強い製造業”に変革するための、道具の一つだ。この目的を何ら実現できずして、副次的効果だけで、喜んでいたのでは話にならない。

そしてご多分に漏れず、紹介している製造業でも、この部分における効果を持って、3次元CADは、十分にその導入成果を上げたと、大きな勘違いをしていた。

詳しくは来週に紹介するが、この製造業が、3次元CADは十分にその導入成果を上げたと大きな勘違いをしている間、本来なら優先度を高めて解消しなければならない、様々な問題点を置き去りにしたままで、一向に解消できない状態にあった。このため、折角この段階で稼いだ3次元CADの導入効果を、すっかり食いつぶしている事実に、一部の人間しか気付けていないことが露見した。

(2012年7月13日に続く)
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