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有泉徹の年頭所感2016(その1)



2013年、アベノミクスの期待感で一時的に大幅上昇した製造業の景況感も、2014年から現在に至るまで、2年余り延々と横ばいの状態を続けている。経常利益平均は、5割増以上に達しているのだが不思議な現象だ。



図1 日銀短観推移(図をクリックすると大きくなります)




図2 製造業経常利益推移(図をクリックすると大きくなります)




図3 貿易額推移(財務省貿易統計より)(図をクリックすると大きくなります)


貿易統計データを見ると、リーマンショック前の状況には復帰できていないが、円安の影響で製造業は明らかに輸出で稼げている。しかし国内景気の復活が芳しくなく、意識的にも横ばいと言うのが多くの製造業の本音であろう。

様々な製造業に訪問して、私が直接肌で感じる彼らの意識が、明らかにリーマンショック前とは違う。長かった失われた20年を乗り越えて、かつての盛況に復活させようと言う躍動感が、感じられ始めていた矢先にリーマンショックが襲った。恐らく彼らの心が折れ、後ろ向きの思考に閉じこもっている状況から、未だ抜け出せきれずにいる状況なのであろう。

尚、統計データにおける貿易収支が悪い(輸入が輸出を大幅に上回っている)のは、円安影響による電力用原油輸入などのためで、製造業の輸出は確実に伸びている。

一方、昨年秋に放送された「下町ロケット」は、空前の視聴率を上げた。これは、吾が国民が、如何にもの作りを大切にして、誇りにしているかの現われだろう。テレビドラマという疑似体験を通じて、それぞれのDNAにある物作りへの思いを、共感という形で昇華させた結果に違いない。

我田引水的な印象だが「製造業よ早く復活してくれ!元気になってくれ!」と言う国民の総意と感ずるのである。やはり我が国製造業が元気にならなければ、我が国のあらゆる面での復活は無いと言うことであろう。

さて私は、製造業が元気になるためには、絶対に解消しなければならない関門があると考えている。非正規雇用の問題だ。

すでに外食産業などにおいては、一昨年の松屋における、ワンオペレーション問題でも露見したように、低賃金・過酷労働では、まともな人を集められない状況が生じている。

これは、最近の大型インフラ工事における応札不調の原因にも言え、低賃金・重労働の工事現場には、外国人労働者はともかく、信頼して担わすことが出来るまともな人材は集められないため、官公庁が出す発注予定価格では、仕事を受けない方がましと言う流れが生じている。

また少なくとも私が関わる中小の製造業では、水準以上の所得を提示して、正規雇用を保障しなければ求人応募さえ貰えない状況にある。要するに雇用しようとする側のニーズと、求職者側のニーズがマッチしない状況に陥っており、ある意味人手不足状況なのだ。

ではなぜこのような状況が生じているかだが、バブル崩壊後の20年間、より安い手軽な頭数あわせで、企業収益の帳尻を合わせてきた、我が国企業の経営者達にその最大の原因がある。

さらに、25年前以前には無かった“ブラック企業”なる者が跋扈できる、派遣法の改悪などを、グローバル化と称して推し進めた、小泉純一郎及び竹中平蔵にもその責任の一端がある。要するに、例え人材不足でも、正規雇用を増やす環境に蓋をしてしまったのだ。

「高い人件費の正規雇用社員を増やすよりも、変動費として処理できる格安な派遣社員を使って、トータル収益を増やすのが我々の使命だ!」とばかりの、製造業経営者としての、あるまじき考えを持つ輩達のためにだ。

ではどうすれば良いかだが、やはり此処は製造業がその本分を思い出して、原点に戻ってがんばるしかあるまい。

我が国製造業は、紛れもなく高い製品開発力を今でも保有している(形式知化しているか否かは別として)。そして他国に追従を許さない、もの作り力を保有している。裾野の広い世界に冠たるサプライヤ(部品メーカを)達は、今でも絶好調だ。

さらに、少子化で減少したとは言え、自由な環境で育った、優秀な人材も(多くが磨かれていないが)十分いる。

これらを有機的に機能させ、高品質・高価値・高価格・高収益性を持った商品を、全世界の金持ち層に売りまくれば、間違いなく我が国製造業は劇的に復活できるはずだ。

例えばコンシューマ商品だが、中国を始めロシヤなどの新興国は、経済格差が大きい代りに、大富豪の人数が絶対的に多い。かげりはある物のアラブの富豪や、これから伸びて来るであろうインドやASEANなどにも、多くの大富豪が誕生するだろう。

ボリュームゾーンをその主戦場とする、米国や韓国などの国際企業と、無益な消耗戦をする必要はない。精々欧州の老舗企業しか商品を提供していないような分野で、そのマーケットを席巻すればよいわけで、極めて高収益なビジネスが叶うだろう。

一方生産財製造業も同様である。今現状でも、これらで、我が国製造業にまともに競合できるメーカは、米国かドイツにしかない。逆を言えばこれらの生産財メーカが製品や設備を供給しなければ、世界のもの作りは停滞する。各国の独禁法に抵触しない範囲で、ハイエンドの製品や設備を高価格で供給し続ければよい訳だ。

私は常々述べているが、製造業の本分は、“旬でよく売れる商品”を常に開発し続けて、これで稼ぎ続ける事だ。要するに全世界の顧客ニーズにマッチした、安全で高品質且つ適正価格の製品を、より短期間且つ低コストに開発して、常に安定した製品供給が叶うことが、製造業に求められる要件であり、製造業の本分のはずだ。

そしてその結果、我が国製造業が潤い、株主が潤い、従業員が潤い、関係者が潤い、国民全体が潤う構図を実現できる事が、我が国製造業が目指すべき姿とも言える。

製造業がこのような理念に基づいてその本分を全うしてゆくためには、それを担う優秀な人材の存在を忘れてはならない。これらの人材があってこそ、“旬でよく売れる商品”を常に開発し続けて、常に稼ぎ続けることが出来るからだ。

私が執筆した日刊工業新聞社刊機械設計誌、2014年4月号の特集では、急成長を遂げた戦後日本の製造業が持つポテンシャルの高さと、その継承技術・保有技術の高さを述べた。しかしそれを充分に生かせない状態にある現状についても触れ、その根底には人材力の低下があることを述べた。そして我が国製造業がこれから勝ち抜いてゆくためには、この本分を全うできる人材の確保・育成が急務だとも述べた。今年の年頭所感では、製造業が元気になるために最も重要となる、人材確保と育成について的を絞って述べてゆく。



(1月8日に続く)