CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

技術継承を的確に行える設計マニュアルは?





■質問■

<前略>

先生は、各所で技術継承の必要性を強く訴えておられますが、“良い設計マニュアル”も、的確な技術継承を実現する、一つの手段だと考えます。そして先生は“設計意図を伝える設計マニュアル“が重要だともおっしゃられております。

一方先生も指摘されておられますが、弊社にも陳腐化した、埃をかぶった膨大な設計マニュアルが存在致します。

これから改めて、技術継承を実現するためのマニュアルを、膨大な工数を費やして作成しても、これまでのような結末に終わったのでは、意味がありません。

そこでお教え頂きたいのですが、先生の意図されておられる“設計意図を伝える設計マニュアル“とはどのようなものでしょうか。

<後略>

■回答■

これだけではありませんが、技術継承を巧く行って行くためには、“設計意図を伝える設計マニュアル“は重要な役割を果たします。

TQCに取り組んだ製造業では、様々なマニュアルが盛んに作られました。設計マニュアルも例外ではありません。TQCでは、設計技術(固有技術)の確実な継承を目的として、この設計マニュアルの作成を設計者に強く求めました。そして本当に役立つマニュアルか否かはともかくとして、膨大なマニュアルが多くの製造業で残されています。

そもそも、TQCの時代に作られた形態の設計マニュアルの原型は、人材流動の激しい米国の企業文化の中で生まれてきたと私は理解しております。

第2次世界大戦以前から、米国の優秀な設計者達は、常にキャリアアップを意識し、どん欲に知識や技術を吸収する事で、自己のスキルアップを絶えず心がけておりました。そしてチャンスがあれば瞬時の判断で、よりペイの高い、より責任を任される仕事(企業)へと転職を行う習性をもっております。

私自身が現役設計者だった頃、提携先の担当者として一緒に仕事をし、今も付き合いのある米国のエンジニアなどは、若い頃は3年から5年ペースでキャリアアップを図っておりました。

ですから、この様な状況下にある米国製造業では、徒弟制度的なやり方での、企業として持つ固有技術の伝達は、殆ど不可能な状態であり、また優秀なエンジニアに抜けられた後の凌ぎの問題も抱えておりました。

そして、この様な環境における必然性として、TQCの時代における設計マニュアルの原型は、生まれてきたと私は理解しております。要するに、企業として持つ固有技術は、しっかり明文化して、論理的な裏付けも付けられる物はしっかり付けて、人が替わっても即座に対応できるように、これらをマニュアルとして残す文化が生まれて来たのです。

また、キャリアアップで渡り鳥のように企業を移り歩く、優秀なエンジニアが持つスキルも、スキルの提出をペイの条件として、その在社中にしっかり絞り出させて、マニュアルとして残させる仕組みが作られてきました。

この様にして、TQCの時代に原型となった米国製造業の設計マニュアルは、進化してきたのです。現に、私自身が現役設計者だった頃、米国企業との共同開発で直接活用した、米国製造業の設計マニュアルは、「素晴らしい」の一言に尽きる代物でした。

一方、終身雇用制度が一般的であった我が国製造業の場合には、米国のような事情による設計マニュアルの必要性はほとんどなかったと言えます。この面からだけでは、徒弟制度的なやり方でも十分に固有技術やスキルの伝達が図れたわけです。高度成長が始まる前の、我が国製造業の多くは、まさに徒弟制度的な固有技術や、スキルの伝達でよかったと思います。

しかし1970年代の我が国製造業は、高度成長のまっただ中にいました。私自身が新入社員で配属された設計部は、部長以下100名強の組織だったと記憶していますが、なんと学卒・院卒新入社員だけで、20名以上がこの部に配属される状況でした。

この様に急激に設計組織の人員が増え、その開発品目も急激に増える状況では、のんびりと徒弟制度的に技(ワザ)を伝えるなどとの、悠長な事は言っておれない状況に変わっていったのです。

そしてこの様な状況下で、漏れなく固有技術やスキルを伝達する手段は、設計マニュアルしかなく、TQCが設計マニュアル作りを多くの製造業に強く求めたのには、このような事情があったと私は理解致します。

ところがこれまで多くの製造業の実態を具に診てきた私は、このTQCの時代に創られた設計マニュアルは、漏れなく固有技術やスキルを伝達する手段と言う目的を満足できず、どちらかと言えば、"べからず集"であり、理由を抜きに結果だけを記した物がほとんどでした。

恐らく貴社のマニュアルも、この手の物らしく、だから膨大な埃をかぶった設計マニュアルが存在するのだと思います。

恐らく技術革新があまり無い製品では、これでもまだ良いのですが、貴社のように技術革新の激しい製品では、このようなマニュアルではたちまち陳腐化してしまうはずです。

なぜ、陳腐化してしまうかは、ある設計対象に対して、なぜそのような設計に至ったのか、なぜそのような設計にしなければいけないのかの設計意図が、設計マニュアルを用いる設計者達に、マニュアルを作成したベテラン設計者の意図が伝わっていないからです。

一方、設計のプロセスに従い、"何を考え""何を注意し""何を押さえながら"設計を進めればよいかが、明確に示された設計マニュアルだと、多少大きな技術革新があったとしても、応用は容易に利くし、周辺商品への展開もはかる事が出来ます。私の言う設計マニュアルとはこのようなマニュアルを指しております。

そして、このような設計マニュアルを着実に作成する道具として、「設計思考展開」手法を提唱しております。「設計思考展開」手法本来の目的は、論理的に設計作業を進めることを目的とした道具ですが。詳しくは、拙著「設計思考展開」入門をお読み下さい。