CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

有泉徹の年頭所感2014(後編)




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一方、現在でもある程度高い商品(製品)開発力を維持できている製造業における、開発拠点の海外化の問題点を考えてみる。海外各所に生産拠点を設けるに伴い、それに併せて開発拠点も設けるべきかという話だ。

一般に「製品開発拠点や生産拠点は、可能な限りマーケットのそばに置く方がよい」と言われる。さらに、製品開発を行う設計などの開発部隊は、なるべくその製品を量産する生産拠点に、同居する事が望ましい。コンカレント開発など様々な利点があるからだ。

そしてこのような観点に立つと、海外に生産拠点を持つ製造業は、貴重な技術流出の問題を除き、速やかに海外の生産拠点に、開発拠点や要員をシフトすべきと言うことになる。

しかし自社の技術流出が怖ければ、開発技術の海外移転など考えるべきでは無い。

なぜなら、多くの我が国製造業が持つ、固有技術や継承技術は、残念ながらその殆どが“人”に帰属し、その人次第で、生かされもすれば、殺がれもする代物の筈だからだ。

仮に開発拠点を海外にも設けて、現地で採用して一生懸命育てた人たちが、極めて優秀であった場合には、あっという間に彼らはその技術を吸収して、自分の物として駆使できるようになる。

そして彼らが自社の戦力として現地で活躍してくれる分には、自社にとっては“良かった”と言うことで済むだろうが、競合他社や、競合製品を持って打って出るつもりの新興企業に、転籍された場合には、極めて危険な“敵”となる。まさに両刃の剣を敢えて育てるような話だ。

と言うことは、企業に対する帰属意識が低く、自己の都合を最優先する者達を、頼りにすることは、元々無理と言うことである。

筆者は若い頃、ある建設機械メーカーで、米国メーカーとの技術提携で、製品を開発する部署にいたことがある。その設計部署の当初の仕事は、提携先のインチ寸法で作られた図面を、ミリ寸法に変え、国内の調達や生産都合に合わせて微少変更する、編集設計作業が殆どであった。

しかし10年余り経つと、提携先の製品を凌駕できるレベルで、製品が開発できる技術を身につけ、筆者が退社する頃には、全て独自開発の、しかも世界トップクラスの製品を、世に送り出すにまで、短期間で成長していた。

一方その提携先は、図面は基より、あらゆる設計マニュアル類を公開してくれ、しかも惜しみなく技術的な問い掛けに応えてくれると言う、大甘な関係であった。

この筆者の経験が何を意味するかは、読者諸君には直ぐ解ると思うが、受ける側に、十分な能力と、姿勢さえあれば、建設機械ほどの、割合難しい機械の開発技術でさえ、10年もあれば十分に会得できると言うことだ。

余談だが、この筆者の経験から考えると、どこまでできているかは極めて疑問だが、中国が独自技術と嘯く新幹線開発技術も、案外高いレベルにあるのかも知れない。

ところで、「開発拠点はマーケットの近くに」「開発拠点は生産拠点の近くに」が言われ始めたのは、1960〜70年代のことである。しかし現在では、これが言われた時代とは、情報通信手段や人間の移動手段など、大きく様変わりしている。

現在私が手がけている多くの製造業では、NetMeetin(今では最新はMicrosoft Office Live Meetinngだが、企業ユーザーは、XPユーザーが多いため未だ現役)などを用いた、ネットワークを通じた遠隔地会議により、多拠点の円滑な情報共有による製品開発が、極めて効率よく動いている。

特に商品企画から、粗々の構想設計に至る、遠隔複数拠点によるフィジビリティースタディーは、ターゲットマーケットのニーズを徹底的に汲み取った、常に“旬でよく売れて稼げる商品開発”を実現している。

具体的には、現地マーケッティング要員、現地ものづくり要員、日本開発センターメンバー、日本マザー工場メンバー、開発に参与予定の他生産拠点メンバーなどが、それぞれの拠点に集まり、ネットワークを通じて、それぞれの情報や思いを徹底的に議論・調整をして、ターゲットとする商品企画案や開発仕様に織り込む取組みだ。

コミュニケーションツールとしては、ビデオや写真はもとより、3次元CAD図形情報やCAEシミュレーション結果、そして設計思考や参加者の意図を、階層的に記録するDPD(設計思考展開)シートなどを駆使してのスタディーである。

そして社内共通言語が統一されていない場合には、会話は同時通訳、文字は自動翻訳をフルに活用して、参加者全員が、なるべく同じ物差しでの見方ができる環境を、可能な限り整えている。



多くの我が国製造業は“腐っても鯛”!

半分には満たないが我が国製造業の多くは、この失われた20年を経ても、驚異的な底力を持っている。先人達が積み重ねてきた継承技術や、固有技術だ。これらの技術は、我が国製造業に、苦しい思いをさせている韓国製造業でさえ、未だまともに物にできてはいない。

その証拠に、筆者の所にこれらの技術取得を、問い合わせてくる先は、我が国製造業を苦しめている、蒼々たる海外企業だ(筆者からこれらの情報を漏らすことは決してないが)。これまで我が国製造業の、バブル崩壊期リストラ組から盗み出していたこれら技術が、現在の時流に合わない物になってしまい、代替えの技術取得に走っているのだと思う。

しかしこれら技術は、筆者に言わせれば、自分たちが扱う機械の原理原則さえ、しっかり理解できていれば、それに付随する周辺技術が幾ら進化しても、容易に追従できる代物の筈だ。と言うことは、筆者のもとにこれら技術の取得を打診してくる先には、かつてのリストラ組から取得した技術が、一過性で潰えてしまい、技術革新に柔軟に対応できない状態にある証拠とも言える。

一方、様々な製品開発の多くに用いられる最先端技術、その基幹を支える高性能高品質部品、高品質製品をばらつき無く生み出す高性能ものづくり機械、それを用いた高い製造技術などは、我が国製造業の独壇場だ。韓国製造業はもとより、欧米の製造業といえども、その総合力という見方では、おいそれとは太刀打ちできないレベルで、最先端を走っている。

と言うことは、先人達が積み重ねてきた継承技術や、固有技術を、独壇場の先端技術と組み合わせて、柔軟に技術革新に追従させて行くことができる、設計態勢の確立さえ叶えば、他に追従できない開発力を備えることが、我が国製造業では可能だ。いや既に、密かにこの域に到達できている製造業が、少なからずある。

今我が国製造業が、最優先で取り組まなければならないことは、員数合わせや要員コスト削減で開発費用削減などという、後ろ向きな似非改善(その場しのぎ)で企業力を殺ぐ取組みではなく、我が国の強みを生かした攻めの体質強化への取組みだ。

このあたりを留意して、21世紀を勝ち抜くべく、鋭意自己の体質強化に取り組んで頂きたい。

具体的にどのような取組みを行うべきかは、本ホームページに満載してあるので参照願いたい。



まとめ

国土も狭く資源も少ない我が国は、常に“旬でよく売れて稼げる商品開発力”と、良質な“ものづくり力“で、今も将来も生きてゆくしかあるまい。この20年ですっかり弱体化してしまった”商品開発力“や“ものづくり力“を再び高めて、10年後20年後の世界経済や世界情勢を牽引してゆく役割を、心ある製造業は目指すべきであると、筆者は考えている。