<前略>
以前からも気になっていたのですが、最近頻繁に誤ったCAE解析結果を用いたために起こるトラブルが頻発しております。未だ試作段階で起こるケアレスミスなら許せるのですが、ここ数ヶ月で2度も市場クレーム対策を誤り、大問題を起こしてしまった事例が続きました。
10年近く前から設計者向けと言われるCAEツールを導入して、設計者自身にも基本的な解析を行わせる態勢を取った結果、生じた問題です。
機械設計誌などに先生が寄稿されておられたコメントを参考に、設計者達が誤った用い方をしないように、その支援態勢なども整えたつもりです。
当初は支援側、設計者側何れにも緊張感があったようで、特に問題を生じさせることもなかったのですが、場数を踏んだ設計者達が一人歩きしたために、生じた問題と捉えております。
しかし設計者達の一人歩きには、支援側が諸般の事情で、弱体化(主要メンバーの移動や退職)してしまったために、十分な支援をタイムリーに受けられないと言う事情もあり、一概に設計者達を責められない面もあります。
そこで、デザインレビューや個別の設計審査会などでは、CAE解析結果を報告させ、その内容をチェックしているのですが、どうもザルチェックしか出来ていないようで、早急に対策を打つ必要があります。
現状のチェック態勢は、デザインレビューや個別の設計審査会には、支援者側の人間を必ず一名以上出席させ、彼らの目を通して設計者達が行ったモデル化の妥当性を確認して貰っているのですが、結果としてトラブルが起こると必ず「説明と違うじゃないの!」と言う議論になり、このあたりのコミュニケーションの取り方に、大きな問題があると考えております。
先生は各所で、設計者自身が用いるCAEを手がけておられると思いますが、弊社で生じているような問題をどのような方法で防いでおられるのでしょうか、ぶしつけなお願いですが、ヒントだけでも構いませんので、お教えを賜れますと幸いです。
<後略>
折角の“設計者自身が駆使するCAEツール”に、チャレンジされておられるのにも拘わらず、その成果が芳しくないことに、同情申し上げます。
しかし私のこれまでの経験から診て、この状況は、起こるべくして起こっている状況と診えて仕方ありません。
なぜなら、“設計者自身が駆使するCAEツール”を実現すると言うことは、設計者自身が自分の扱う製品のメカニズムや物理的挙動を的確に理解して、設計の目的に沿って、論理的に設計を詰めてゆく際に、その設計判断ツールとして、CAEシミュレーションを駆使できることを意味します。
一方、CAEツールなどまだ無い時代でも、的確に質の高い設計を行っていた本当の設計者達がいます。
彼らは、例えば静的な機械強度を確認する際には、対象となる部材に対してどのような力が働き、どのような拘束条件になっているかは、メカエンジニアとして当然100%理解できていたはずです。そして材力モデルに落とし込んで、その妥当性を確認していたはずです。
また、機械構造の共振問題を考える際に彼らは、機械材料の物性値がどのようになっており、それらがどのような結合・設置条件で結ばれているかなども、100%理解できていたはずです。自由度方向毎のバネ結合強さがどうなっているかなど、解析のモデルに与えるべき定数は、当然のこととして把握していたはずです。それでなければ、計算尺や電卓を用いて行った、従来工学のバネ・マスモデルが成立しません。定数の把握無くして、まともな設計など出来る訳がなかったはずです。
熱の問題にしろ、流れの問題にしても、同じです。彼らが扱う対象製品は、メカニズムや物理的挙動を的確に理解して、手計算であれ、コンピュータシミュレーションであれ、何らかの確認手段を用いて挙動予測を行っていたはずです。それでなければ、まともな設計が叶うはずは、無かったはずですから。
もしも貴社の歴史の中で、完全ではないにしろ、このような設計アプローチがなされておらなかったとして、その延長上で、何ら新たな手立てを講じず、“設計者自身が駆使するCAEツール”態勢確立に突入したとしたら、今起きている問題は、起こるべくして起こった問題と断言できます。
恐らく貴社で生じている“誤ったCAE解析結果”の問題は、上記した機械のメカニズムや、物理的挙動を的確に理解出来ていない故に生じた、誤ったモデル化(荷重拘束条件などを現実の物と違えて与えた)に起因する、嘘だと思います。
ここのところが、最高責任者である**さん自身も理解できていないようで、起こるべくして起こった状況だと言うことになります。
ではどのように変えればよいのかですが、対象とする製品のメカニズムや物理的挙動を的確に把握して、原理原則に従い論理的に設計を詰める設計文化を醸成させることでしょう。
これにより、貴社が狙っている以上の「設計のフロントローディング化」が実現でき、試作段階で起こるトラブルや、市場クレーム対策の誤りなどを一掃できる、設計態勢が叶うでしょう。
この文化が定着できれば、CAE解析モデルの妥当性評価など、“メカエンジニアとしての冷静な目で、原理原則に立ち返り、モデル化条件を検証すれば、門外漢(CAE解析技術者以外の設計管理職の皆さん)でも、その誤りや勘違い若しくは嘘を、容易に見抜くことが出来ます”。
尚参考まで、これまで私がご支援申し上げたところでは、その初端から、上記した方向での取組みを行ってきましたので、貴社で生じているような問題は、基本的には発生しておりません。唯一例外として、若手設計者の未熟さと、たまたまチェックに参加したメンバーの眼力の無さで、問題が生じることがありますが、このような問題を再発させないような手立ても当然講じてあります。
何処の製造業でも、限られた人数で製品開発を行っておりますので、どうしてもこのような問題が生じてしまう場合がありますが、これを“やむを得ない”とせず、日々、問題解消に努めて貰っております。
一方私どもは、これまで200件を超える製造業の事業部署で、“現状診断”を行って参りましたが、貴社と同じような状況にあった製造業を少なからず診て参りました。そして、ご支援を依頼された先には、上記したような取組みでの問題解消を行っていただいております。