補足;モデルチェンジ製品設計時の3次元CADの効果
構想設計・詳細設計段階における3次元CADの導入効果について、モデルチェンジ製品や派生製品設計などにおける、下敷きとするベース製品の、3次元データ活用のメリットについて問い合わせがあった。
確かに3次元CADを導入して10年余り経つと、現役で生産されている製品の殆どで、3次元CADデータが揃い、それを下敷きにして、モデルチェンジ製品の設計検討がはかれるようになる。
それ以前は、モデルチェンジ設計着手以前に、従来製品を全て3次元化してやるなどの準備作業が必要となり、多くの3次元CAD導入企業で、どのように対応すべきかの議論がなされたはずだ。
私が拘わったケースでは、「闇雲な3次元化は、絶対にダメだ!」「とりあえず流用する部品の外形形状だけを、同時進行でオペレータを使って準備させろ!」との号令の下、最も合理的と考えられる移行形態を取った。
しかしいずれの選択をしても、10年も経つと、その3次元データが、2次元図面で行われた設計変更を、確実に織り込まれているか否かは別にして、ほぼ完全揃うことになる。
一方多くの製造業における製品開発の形態は、下敷きになる従来製品があり、それに新技術や新機能を織り込むとともに、改良・改善を加えるモデルチェンジ形で、製品開発をされるケースが最も多いはずだ。
このような製品開発形態下では、3次元データが全て揃った従来製品は、モデルチェンジ設計の構想設計や詳細設計を、3次元CADを駆使して行う場合には、極めて都合がよい。
また構想設計段階から、3次元CADで完全な設計作業が成されていると、担当する設計者は、取っ替えひっかえ代わっても、元になる3次元CADデータは、進化しながら引き継がれることになり、データの一貫性が保たれるとともに、前段階で検討された部分の再定義は不要となり、極めて効率が上がる。
余談だが、さらにこのデータは、部品設計の元データにもなるし、さらに完成度が上がってゆくと、金型などの加工データなどへの流用も可能になってくる。組み立て図や作業指示書、パーツカタログ、取扱説明書などへの活用も出来る。事業体全体から見たときには、大きな付随的効果へと結びついてくる。
だから、製品開発の核の部分を担う、構想設計者や詳細設計者達に、その設計作業以外の余計な作業を受け持たすことなく、構想設計段階からの3次元CADデータが、一貫して流れるようになると、事業全体から見ると大きな効果があると言うことになる。しかし、構想設計や詳細設計、試作部品設計段階の質や効率を低下させてしまったのでは、本末転倒の話になる。
さて、本題の構想設計や詳細設計の段階における、設計効率の話に戻すが、よく考えて欲しい。2次元CADを駆使して、構想設計や詳細設計を行った経験を持つ会員諸氏は、既にお気付きだと思うが、2次元CAD時代も従来製品の2次元CADデータ(計画図)を用いて(下敷きにして)、モデルチェンジ製品や新製品の、構想設計や詳細設計を行っていたはずだ。
また、他の機種から流用する部品なども、2次元CADデータを持ってきて、計画図に貼り付けていたはずだ。
素人が見たらただ線の固まりであるCADデータも、2次元図面さえ読めれば、これらのデータを元に、レイヤー分けなどの機能を駆使して、容易にその設計作業を進めることが出来たはずだ。
だから、3次元CADが設計部署の中で、中核で用いられるようになったからと言って、決して従来製品データの活用効率が、上がったわけではない。
私に言わせれば、この部分だけ捉えたら、2次元CAD時代より明らかに効率は落ちている。守秘義務の都合がありデータは示せないが、これまで各所で計測した、様々な製品現場での計測データがそれを裏付けている。
だから、前週までの紹介の中では、あえてこの面からの効果の有無に、言及をしなかったのだ。さらに、紹介した製造業の効果に、あえて言及をすると次のような評価となる。
生憎、紹介中の製造業では、構想設計は概ね2次元CADなどで成されており、3次元CADの効果以前の状況にあった。
さらに詳細設計段階でも、担当設計者がオペレータと一緒になって、設計作業を進めるスタイルではなく、バッチ的に指示出しをするか、丸投げで設計検討を進めるスタイルを取っていた。これでは、やはり3次元CAD導入効果以前の状況といえる。
前週まででは紹介を割愛したが、紹介した製造業の場合には、どちらかといえば2次元CAD時代より、その効率が後退したというのが、妥当な評価である。
注)本文中に“2次元図面で行われた設計変更を、確実に織り込まれているか否かは別にして、”と言う表現をした。どの段階で織り込むべきか、どの程度厳密に整合性を保つかなど、このあたりに関する私の考え方は、後日“補足”の形で、説明を行うつもりだ。
補足;3次元対応能力
前の補足で、「2次元図面さえ読めれば」と言う言い方をした。これについて若干の補足をする。
私は、頭の中に浮かんだ3次元形状を、三面図に描き落としたり、逆に三面図に描かれた線図を見て、頭の中に3次元形状を思い浮かべたりする能力を、3次元対応能力と呼ぶ。私が言う「2次元図面さえ読める者」とは、3次元対応能力の優れた者のことである。
この”3次元対応能力”は、製図板の時代から、2次元CADの時代までは、一流の設計者になるための、ひとつの大きな条件となっていた。3次元対応能力に乏しいと、つまらない設計ミスを犯したり、周囲あるいは他の技術部門とのコミュニケーションミスを犯すなど、様々な支障が生じて、設計業務進捗の足かせになるからだ。
そしてそれ以上に、当人自身が、何を設計しているのか判らないような混乱状態に陥り、少しややこしい形状や空間上における設計作業を、まともに進められなくなり、設計チームにとってはいて欲しくない、足手纏いになってしまう。
しかし、私の現役設計者時代の経験では、この3次元対応能力に劣っていたため、他部門に回されたエンジニアの中には、私以上の設計センスを持っている者が複数名いた。新製品を開発するに必要な創造力を持っていながら、3次元対応能力にやや乏しいばかりに、度重なるミスを犯し、設計者失格の烙印を押されていたのだ。常々もったいない話だと思っていた。
そして3次元CADが実用化すると、私はこれまで淘汰されてきた、3次元対応能力という弱点を持ったエンジニアを、優秀な設計者として活用できるチャンスだと大きな期待を持ち、多くの支援先に3次元CAD導入を併せて、このような視点からの人材見直しを提唱して、受け入れて貰ってきた。そして本来なら設計者失格の烙印を押されたであろう、多くの設計者候補生が、立派な設計者に育っている。
しかし、3次元CADがあれば、全ての3次元対応能力に劣っている者が、優秀な設計者になれるかと言えば否である。設計者としてのセンスが欠如している者は当然のこととして、私の目から見て、決してセンスが無い訳ではないと思われる者の中でも、脱落者がいる。
機械設計を端的に言うと、その設計道具の如何によらず、3次元空間で機能・動作する機構を、それらが適正に機能・作動するように、3次元空間に配置する作業だ。確かに平面的な動きしか持たない機械もあるが、全てが平行・直角というわけには行かない。必ず、その機械装置の相対間では、三角関数的な動きや、曲線・曲面的な動きになる場合がある。
要するに、多くの機械装置を設計する設計者は、3次元空間上での機械の動きや配置を、絶えず頭の中に認識して、対象機械の設計を進める必要がある。これは3次元CADを用いた場合でも同じ話であり、2次元3面図で設計検討を行うより、若干楽になることに過ぎない。
この3次元空間上を自らの頭の中に巧く描けない者は、3次元CADを、その道具として使わせても、優秀な設計者としては活用でき無いことを、支援先の各所で学んだ。(続く)
(2012年6月22日に続く)