<前略>
先日は、ご丁寧なご回答をありがとうございました。甘えついでに重ねてご指導頂きたいのですが、効果的にメカニズムや境界条件の把握を行うのには、どのような方法によればよいのでしょうか。
<後略>
前回の回答(2010年3月26日掲載の記事)と合わせてお読み頂きたいのですが、CAEシミュレーションに用いる解析モデルの大原則は、対象機械のメカニズムを、可能な限り忠実(正確)に、解析モデルに織り込むことです。
まともな設計者なら、自分が生み出してゆく機械の担当部分のメカを、十分承知して(自分が工夫考案しているのだから当然だが)その機構なり構造案を構成している筈なので、手間がかかる問題を除けば、実際のメカニズムを解析モデルに忠実に織り込むことは、特に難しいことではないはずです。
ところが実際の設計現場では、実際のメカを忠実に再現するに当たり、次の二つの問題がその障害になっている現実があります。
一点目は、ほとんどの機械製品が、何らかの下敷きになる既存製品や、図面を基に、新しい設計がなされる事に起因する問題です。先輩達が考案した機構を、そのままメカニズムも良く理解しないで、パクリ設計をしているケースなどがこれにあたり、的はずれな解析モデルで無駄な時間を費やすだけでなく、フロントローディング設計という観点で診たときに、障害となる様々な問題を引き起こします。
しかしこの問題は、設計者達の心構えの問題が支配的なため、以下の回答からは省かせて頂きます。強いて言えば、後半で述べるベテランの設計者や元設計者達がレビューに加わり、解析モデルを評価する取組を行えば、多くの場合この問題は解消できるはずです。
二点目は、“物作り”の必然から生ずる、“ガタ”や“遊び”などに起因するメカニズムの問題です。設定者達が考案する設計案のメカニズムとしては、検討対象とされていなくても、物作りの都合上、安く・安定して生産するためには、どうしても許容しなければならない“ガタ”や“遊び”などが、対象機械のメカニズムを複雑にするケースがこれにあたります。ほとんどの機械製品が常に抱える問題と言っても過言ではないでしょう。
しかし、これらに起因するメカニズムを全て解明して、一々解析モデルに織り込んでいたのでは、解析モデルは極めて複雑な問題になってしまい、解析内容も難しくなるし、繰り返しのシミュレーションが難しいような解析モデルに陥ってしまいます。特に開発初期段階でのフロントローディング設計に用いる解析モデルとしては、極めて不適な物と言えるでしょう。
このため、どうしても形状の簡素化と合わせ、メカニズム部分でも“解析モデルの簡素化”が求められることになるのですが、ここで対象機械のメカニズムを正確に読み取り、ネグレクトして良いメカニズムと、織り込まなければならないメカニズムを峻別する取組が求められることになって参ります。
シミュレーション対象機械に生じている未知な境界条件の把握は、あらゆる科学的な研究アプローチと同様に、原則に忠実に、ステップバイステップで、その仮定を実験結果や観察結果などで実証しながら、物理の法則に矛盾しないメカニズムへと落とし込むことです。
例えば、摩擦結合された結合部分の拘束条件の場合、機構解析ソフトと高速度カメラや変位計などを組み合わせてアプローチすると、割合容易にそのメカや係数を把握することができます。まず機構解析モデルに仮の摩擦係数を与え数値解析上正常な動作をするモデルを作成しておきます。一方実際の機械を動作させ、その挙動を高速度カメラなどを用いて計測し、定量化致します。そして実際の挙動に対して、機構解析側のメカや摩擦係数をチューニングして、その動作速度や挙動パターン等を合わせ込んで行くアプローチです。
サーモビューアと熱伝導解析ソフトを用いると、通常ではその数値を把握することがとても困難な熱伝達計数や雰囲気温度分布を割合容易に(力仕事はいるが)追い込むことができます。
振動問題における、結合部の結合状況や、バネ常数やダンピング計数等も同様に、固有値解析ソフトとモーダル試験器&ソフトで、同様に追い込むことができます。
そしてこのようなアプローチを行う場合には、実際の機械が持つメカニズムを忠実に再現する必要があります。実際の対象機械と異なるメカニズムのモデルで、条件追込みを行っても意味を持たないことは説明するまでもないと思います。しかしがからと言って何から何まで忠実に再現しようとすると、極めて難解な解析モデルになってしまうことは必定です。
よって難解なモデルで所定の条件を追い込んでゆく事は、余り現実的ではなく、どうしてもモデルの簡素化の取組が必要となります。しかしこの簡素化を間違えると、実際と異なるメカニズムの解析モデルに陥ってしまう危険性があり、極めて悩ましい部分です。
さらに、条件を追い込むための摩擦係数などの仮定も、余り的はずれな値からスタートすると、その追込み作業が大きく遠回りしたり、的はずれな方向に行ってしまう危険性もあり、この部分でもある程度妥当な仮定を立てる必要があります。
そしてこれらを効果的に解決するためには、条件の追込みを行う設計者達の機械技術者としての質の高さが必須で求められるのですが、何処の製造業でも、おいそれとこの部分は簡単にクリアーできないのではないかと思います。
特にこの20年来、何処の製造業でも、若手設計者達の質の低下が顕著で、安心してこれらの作業を委ねることができる者が、皆無に近い製造業すら存在していると認識しております。
そしてこの問題を解消する手段として、上記した高速度カメラやサーモビューアを始めとする、メカ挙動の観察を容易とし、必要に応じて定量化できるツールの駆使を、まず挙げることができます。これらのツールを駆使して収集したメカ挙動を、複数の目で徹底的に観察し、それぞれの知見を重ね合わせ、妥当と思われるメカを仮定するアプローチです。
さらにこの作業に、ベテランの設計者や元設計者達が加わると、その効果は倍増できます。彼らが培ってきた継承技術や経験が、若手の設計者達には太刀打ちできないような知見を生み出すからです。
そしてこのようなメンバーが集まり、実際の機械挙動の測定・撮影結果を、プロジェクターで画面に映し、参加者全員の知恵と情報を結集させるやり方を取ると、その効果はさらに倍増致します。
さらに場面が進み、条件を詰める場面では、そのモデル化過程から算出結果までを、画面に映しながら、参加者全員の知恵を寄せ集めると、さらに効果が増すことになります。時にはモデル化方法やその条件の取り方を、対象機械を前にしてディスカッションすると、更に効果があがるでしょう。尚新規開発の製品については、全く新しいメカニズムなどを採用し、その物理的挙動が予測できない場合もあるはずです。このような場合には、開削着手時点即ち構想設計段階で、従来機械をベースにした新メカによる原理試作モデルを作成して、挙動把握を行う事を、フロントローディング設計、フロントローディング開発という観点から、私は必須でお奨めしております。
一方既知(社内で誰かが分っている・解明できている)の条件は、上記したような手間がかかるアプローチを当然行う必要はありません。的確に“誰が”“何処に”必要な情報があるかを探し出す事で済むはずだからです。社内の誰かが持つ、若しくはどこかに蓄積された経験と知恵を的確に探し出し、有効に活用するだけで済む話です。しかし現実的には、この部分も多くの製造業ではうまくいっていない場合が多く、若い設計者達は、五里霧中での取組を余儀なくされている現実があります。
実はこの場面でも、上記したベテランの設計者や元設計者達が参加したディスカッションは、極めて効果的です。私は各所で、私が提唱している“設計思考展開”手法を用いて、このような取組を行うようお手伝いを行っております。