CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

設計の初期段階で妥当性検証が行われたCAEモデルでフロントローディング設計を行えと言われても



■質問■

<前略>

先日の先生のご講演を拝聴させて頂き、これまで我々が行ってきた製品開発設計での取組の甘さに強く反省をさせられました。ご紹介頂きました様々な事例や考え方を、今後の我々が行う設計業務に取り込み生かして行こうと考えております。

さて改めてお問い合わせをさせて頂きましたのは、先生のお話の中で「妥当性確認の取れていないCAEモデルからの結果は“机上の空論”“絵に描いた餅”にしか過ぎない。フロントローディング設計に用いるCAE予測モデルは、必ず妥当性検証が取れたモデルで無いとダメだ」と言うお話がありました。また事例でご紹介頂いたA社では3年あまりの時間を掛けて妥当性検証を行った雛形モデルの積み上げを行ったともお聞かせ頂きました。

しかに弊社の現状から考えると、妥当性検証が取れた予測モデルを前もって準備してから構想設計に取りかかるなど現実的に不可能と思えます。

なぜなら弊社の主力製品は、技術革新が特に激しく競合も激しいコンシューマ製品で、次々と新しい機構や仕組みを組み込んだ魅力ある製品をリリースし続ければならない環境に置かれております。先生が仰られるように、前もって妥当性の検証が取れた雛形モデルを用いて構想設計からのフロントローディングを行おうとしても、開発の都度機構構造が変わり、雛形モデルを確立しようにも確立できない現状があります。

やむを得ず、まずは簡単な機構構想モデルを試作し、それをいじりながら構想を固めてゆく流れを取っており、問題点の予測は残念ながらその過程で発生する不具合を都度潰し込む様なアプローチになってしまいます。

このような事情で先生が仰られるようなアプローチがどうしても考えられません。弊社のような製品特性の製造業では、先生が申されるような、CAEを駆使したフロントローディング設計は、できないのでしょうか。

<後略>

■回答■

そんな事はありません。皆さんの発想さえ変えて頂ければ、私が申すCAEを駆使したフロントローディング設計が、かなりの比率(私の20年の経験を鑑みると50%以上の比率で)で実現が叶うと思います。

まず大前提ですが、私が申す雛形モデルを用いたフロントローディング設計についてA社の例を引いておさらいさせて頂きます。

A社でフロントローディング設計態勢を確立するにあたり、行った主な取組は、対象部署が持つ固有技術の徹底活用と、CAEや3次元CAD、最新鋭の計測技術などをフルに活用した、仮想試作・仮想試験の実現です。ここで行った仮想試作・仮想試験には、3次元CADを用いた組み立て性や整備性の検討、統計的品質管理手法、品質工学手法を活用したアプローチなども当然含まれます。

しかしこの画期的な成果を生み出した大きなポイントは、参加する設計者一人々の思考プロセスを完全に見える形にして、徹底して共有化を図り、問題先送りを一切起こさない設計検討・検証態勢と、最新鋭の計測技術や、広い範囲でのCAE ツールを活用した、徹底した予測型設計です。

そして私たちは、この取組に4年の歳月を掛けました。私の講演でご紹介したA社の取組成果については、一年間だけの例をご紹介致しましたが、実際はその前に3年間の仮想試作・仮想試験の準備期間がありました。

仮想試作・仮想試験に耐えうる対象商品が持つ固有技術の形式知化、対象機械の原理原則の究明、それを元に予測型設計に用いるための、“ひな型モデル”の確立・検証等、膨大な前もっての準備作業です。これらを地道に積み重ねていた期間がその3年間です。

本格的なフロントローディング設計を実現するためには、このような気が遠くなる準備作業が必須です。なぜなら物を全く作らずに一発でOKになる仮想試作・仮想試験を実現しなければならないからです。

そしてこのためには絶対的に信頼が置ける仮想試作・仮想試験の為の“ひな型モデル”が必須となります。またその根拠を裏付ける整理された各種ノウハウの形式知や対象機械の原理原則の理解が必須となります。

“ひな型モデル” は、目的の機械が持つメカ挙動を論理的に予測出来るモデルでなければならない訳で、そのためには対象機械の挙動を予測しようとしている部位のメカニズムが、完全に解明でき、またその妥当性が確認されていなければならないことになります。

しかしとは言っても、貴社のように地道に“ひな型モデル”を確立してゆくことが現実的でない製造業も少なからずあります。「今まで経験のない機構や技術を採用したとき、その機械のメカニズムの解明はともかく、妥当性の確認は現物もなく検証しようがない」と言う声を良く聞きます。

私もこのようなケースでは、上で述べたような完璧な“ひな型モデル”を求めるなどと言うことは行いません。現実的に可能な“成長途上的なひな型モデル”を求めております。

具体的には、“機械のメカニズムの解明”は、省略するわけには参りませんが、妥当性評価の部分は、従来工学手法を用いた大幅な簡易モデルで代用する方法です。簡単な例ですが、例えば図1、2に示すような、対象機械構造を単純な片持ち梁や両端支持梁などに置き換え、変位量などの値がオーダー的に外れていない事を確認して、とりあえずの妥当性の裏付けとする方法です。

この方法を取れば貴社のような環境でも、ある程度妥当性確認が取れた雛形モデルを、構想設計段階から活用可能になると思います。臨機応変に可能な限り“机上の空論”“絵に描いた餅”に陥らない意識と努力さらには知恵を持って取り組もうと言うことです。

現在貴社で行われておられる「簡単な機構構想モデルを試作し、それをいじりながら構想を固めてゆく流れを取っており、問題点の予測は残念ながらその過程で発生する不具合を都度潰し込む様なアプローチ」では、機構構造メカニズムの地道な解明を省き、とにかく原理試作モデルを作り、そこで発生する問題を対処療法的に潰し込んでゆくスタイルだと思います。

私の講演で頻繁に申した“作って”“壊して(問題を出して)”“(初めて)考えよう”のスタイルだと思います。そしてこのアプローチスタイルでは、膨大な“ムダ”が生じているはずです。

このスタイルを、上記したような割り切ってはいるけれど、論理的な、理詰めで設計構想を詰めるアプローチに変えてやれば、大幅に現在費やしている多くの“ムダ”が解消できるはずです。過去の私の取組経験では、貴社とよく似た環境の製造業様が少なからずあり、その大半が私の考え方を採用頂き、大幅なムダの削減、即ちフロントローディング設計を実現できております。

尚、“機械のメカニズムの解明”をまともに行なえていない製造業をよく見かけます。しかし機械という物は、物理の法則に則って初めて成立しうる代物です。また設計という行為は、この物理の法則に則って成り立つ機械を、その工学知識をベースに論理的に詰め、狙いの機械に仕上げる行為です。

この大原則に則ると、“機械のメカニズムの解明”をまともに行なえていないなどは論外と言うことになります。


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図1 CAE(有限要素法)で解析を行ったモデル




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図2 等価な材料力学簡易モデルで最大変位量を解析したモデル