<前略>
先日は、漠然とした不躾な質問に早速ご回答頂きありがとうございました。
マーケットボリュームが大きく今後の成長が大きく期待できる、中国やタイ・ベトナムなどの機能限定低価格商品マーケットに弊社が参入する事は、今更遅いというご見解は、貴重なご意見として、早速弊社上層部に上げました。
しかし上層部から「とは言っても、暫く大幅好転が期待できない既存マーケットだけで、限られたパイを競合メーカと競いながら、収益を上げて行くことは至難の業であり、弊社の生き残りをかけた何らかの戦略的展開が急務だ。」「“フィジビリティースタディ”なる手法が先生の仰るように将来のビジネスを予測する手法として有効であるなら、早速取り入れ、感覚的にボリュームゾーンをターゲットにするだけでなく、あらゆる可能性を排除しない考え方で、近未来の生き残り戦略を策定すべきである。」との新しい指示が下されました。
そこで又不躾な質問ですが、なぜフィジビリティースタディを徹底させると的確な商品企画が叶うか、さらになぜビジネスの成否がわかるのでしょうか?
<後略>
<前略>
まず、前回の回答では、詳しい説明を省略致しましたが、大前提となる施策開始時点におけるマーケット情報把握の重要性についてご説明をしてから、ご質問にお答え致します。この段階で把握できる情報精度と把握度合いで、以後の施策の成否が決まると言っても過言ではないからです。
全くの新商品企画・開発を行う場合や、貴社のように未知のマーケットに新たに参入しようとするとき、そのために開発された商品が、ユーザにどの様な利用のされ方をされるか、その使用に際して、どの様な使用上のニーズを要求されるか、などの把握がまず必須で求められます。
これらが分かっていなければ、五里霧中で新商品開発のためのアイデア出しをしなければならなくなり、そのアイデア出し作業は収拾できなくなるでしょう。特に複数の知恵を結集し、そのシナジー効果をも享受しようとしたとき、複数の関係者が集まってそれぞれの価値観で議論しても、その議論は発散してしまい、単なる時間の無駄使いに陥る可能性が大きくなります。
貴社が長い間稼いできたマーケットにおける、モデルチェンジ型の商品企画・開発では、設計対象になった商品の顧客ニーズは、貴社がまともな製造業であったならば、上記した情報は事前に何らかの形で把握できているはずです。これまで販売してきた商品の顧客から、様々なニーズのフィードバックが、何らかの手段を通じて行われているはずだからです。
ところが、貴社が現在目論んでいるような、全くの新規マーケットであり、見方によっては商品特性の全く異なる、ある意味全くの新商品とも言える商品開発を行うための情報収集は、一筋縄では行かず様々な困難を伴います。
しかしご質問は、貴社存亡を掛けての売れる商品企画・開発です。間違っても、ターゲットとするマーケットの顧客ニーズにマッチしない商品企画や開発を行うわけには行きません。何らかの手段で顧客のニーズを的確に把握する必要があります。
かといってこれまで全く経験がないマーケットに対して、調査会社などを用いて闇雲な調査をかけても、一般的には得られる成果は僅かな物で、取得できた情報の多くはムダになってしまう場合が殆どでしょう。
闇雲では無いにしても、仮にこれまでのビジネス経験を下敷きにした、先入観や固定概念を持って市場調査を行なった場合には、どうしてもその結果は、結果誘導的な調査結果になってしまい、使い物にならないマーケット情報に留まってしまうはずです。
一方、何も判らない真っ新な状態で、試行錯誤的にマーケットを洗い出して行くようなアプローチを取った場合、膨大な手間と時間を費やす必要があり、いつになっても必要な情報が集められない事になってしまうでしょう。
そこで、私共のこれまでの取組では、このようなケースにおいては、対象になる商品が用いられるであろうシーンを想定しての設計思考展開(DPD)手法を用いた、顧客ニーズの予測作業をまず行っております。(設計思考展開の用い方は拙著を参照下さい)
これらの予測は、予測段階では必ずしもマーケットの現実を的確に表現できていなくても構いません。なぜなら、これらの予測結果を新しくターゲットにしようとするマーケットにぶつけて、「その通り」「いや違う」を的確に把握するとともに、違う場合にはどのように違うかを具体的に聞き取るなどして、マーケット調査を闇雲の物に陥らせない目的だからです。
そしてその予測作業ですが、事業に関わる一家言あるメンバー達を、その役職や担当業務関わらずなるべく大勢一同に参集させ、新たにターゲットにしようとするマーケットにおける、商品の使われ方や顧客ニーズについて自由闊達に予測させるのです。
またこの作業を行う際には、以下に列記する情報を、事務局の役割を果たすメンバーが事前準備して、上記場面で必要に応じて情報共有が図れる手はずを整えておく必要があります。
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表1 事務局が事前準備すべき情報
要するに、ターゲットとしようとするマーケットのユーザが、対象商品を購入し用いる場面での、諸々の思考や判断の背景になる情報です。これらを事務局のメンバーは収拾・整理し、“シーン”を想定する際の拠り所に用いる事ができるように準備する必要があるわけです。
私共が関わる予測作業では、上でも述べましたが、出来るだけ多くの関係者(開発関連部署だけではなくコンカレント開発を担う全メンバ)が参加する中での、フリーディスカッションで行うパターンが一般的です。特にユーザーニーズを予測する基データともなるシーン想定の場面では、開発関係者のみならず、社員の家族などを含め、広い範囲で対象商品に関わるあらゆる年代の人を集め、自由に意見を出して貰う形態を取っています。
余談ですが貴社のようなケースでは、ターゲットマーケットにこれまで関わりを持ったことがある社内メンバーや、関連会社などのメンバーにも参加を求め(駐在経験のある場合で、対象製品が民生品の場合には、その家族も含め)メンバーを構成するのが一般的です。
さらにターゲットマーケット出身の留学生などを、アルバイトとして集め、想定したシーンの妥当性を逐次確認するような作業も並行して進めております。
尚このようなフリーディスカッションを行うと、他人の発言を否定・非難したり、自分の考え方を遮二無二押し出す人が必ず出てきます。詳しくは拙著をお読み頂きたいのですが、設計思考展開(DPD)を行う際の最も重要なルールは、「一切他の人の発言を遮ってはならない。当然否定・非難は厳禁」です。ただし余りにもくどい発言については、進捗の効率を考え、司会者の役割を務める人がセーブを掛ける事だけは許しておりますが。
何故「一切他の人の発言を遮ってはならない。当然否定・非難は厳禁」するかは、設計思考展開(DPD)を用いる目的が、そこに参加するメンバーの思考プロセスを明確にし体系立てて記録することにあるからです。例えばアイデア出しの段階で参加している設計者が、自分のペースで思考を進めている途中で、その上司がその価値観で、設計者の思考を停止させてしまったのでは、良い思考は出せなくなってしまいます。特に新しいアイデアを模索している設計者(設計者に限らず)は、他の人には思いつけないような、唐突な思考をその過程では行う可能性もあります。特に画期的な創造につながる発想を生み出す場合です。
一方フリーディスカッションは、プロジェクター等を用いて、展開内容を記入するエクセルシートなどを、参加者全員が見ることが出来る状態で行うことを、私が関わるケースでは原則としております。
このような取組を行い、マーケットの予測情報が取得できたら、次の段階は、マーケット情報の把握作業(予測結果の検証と訂正作業)にはいります。実際に現地の調査会社(適当な依頼先が無い場合には対象マーケット出身の留学生などを組織して)などを用いて、統計手法に則ったマーケット情報把握の作業を手抜き無く行う段階です。
具体的には、上記予測結果をターゲットマーケットにぶつけて、「その通り」「いや違う」を的確に把握するとともに、違う場合にはどのように違うかを具体的に聞き取るなどして、漠然とした、基準が曖昧な情報が混入することを防ぎつつ、より効率よくその作業を進めることになります。
ここまでの作業が精度良く的確に行われない限り、この後に続くフィジビリティースタディ作業が、不確実な情報を基にしたスタディー作業に陥らざるを得なくなり、的確な商品企画が叶うどころか、そのビジネスの成否さえも的確に判断できない状態に陥ってしまい、“何のためのフィジビリティースタディか”と言う話になってしまいますので、長々と前置きを述べさせて頂きました。