<前略>
弊社では長年様々な手法やツールを導入して、設計力の向上に努めて参りました。そしてこれらの手法やツールは一通り駆使できるようになり、定常的な設計業務段階では、十分に設計力が高まったと自負しております。しかし製品開発の段階の設計力という面では、なかなかうまくいっておりません。
特に製品仕様を詰める段階や、もの作り側の都合を織り込む段階、サプライヤーとの細かい技術打合せ段階などにおける、意思疎通がうまく行われず、それぞれの思い込みで動いた結果、後で問題が露見する場面が頻繁にあります。
そして結局、これらが試作段階での不具合を引き起こし、DR段階で営業部門やもの作り部門から「これでは駄目だ!」との、だめ出しをされる原因となり、一向に製品開発段階での生産性向上や、設計品質の向上に結びつきません。
恐らくの原因ですが、弊社の設計者達の傾向として、口下手な者が多く、他部門のメンバーとのコミュニケーションがうまく取れていないのだと思います。
そこで質問ですが、先生の提唱されておられます設計思考展開手法は、コミュニケーション力を高める道具となりうるのでしょうか。
<後略>
はい設計思考展開は、設計者の頭の中を論理立てて整理する目的で生まれましたが、設計者同士、他部署のメンバーとの的確なコミュニケーションを実現するための手法でもあります。
まず設計展開を複数設計者が集まって用いると、お互いの考え方が同じ土俵で明確に解ることになります。そしてお互いの設計意図を理解しあえることにもなります。
その結果、それぞれの設計者が持つ思い込みや勘違い、配慮不足などがお互いに明確に見いだすことができることになります。自分自身だけでのチェックですと極めて難しい部分です。
そしてこれらに起因する“漏れ”を防止する事が出来るようになり、まさに問題を先送りしない設計の一角を、攻略することが叶うわけです。
また複数の設計者の頭の中を体系的に整理して、ビジュアルに振り返ることができると言うことは、単に“漏れ”を防止するだけでない大きなメリットを生み出します。お互いの設計意図を認識し合い、お互いのノウハウやスキルが共通の土俵に提供されると言うことは、今までにない新しい発想が生み出されることになります。要するに“三人寄れば文殊の知恵”のビジュアル版です。
このように設計思考展開には、商品開発に関わるあらゆる関係者の知恵を結集し、これまでにない新しい想像を物にするツールとしての役割など、設計者達にとってその活用の場面は限りなく存在いたします。
設計思考展開が活かされる場面は、設計担当者個人や設計チームのメンバだけにとどまりません。設計審査(DR)を担うメンバにとっても、設計思考展開は強力な武器になります。設計審査(DR)にかけられるテーマを、設計思考展開結果を用いて説明を受けることにより、的確に設計者が描いた設計の意図を理解する事が出来るからです。論理的に、体系立てられた説明は、審査を担うメンバが行うチェックでの“漏れ”を大幅に減らします。
また設計意図を十分理解できない状態での設計審査(DR)は、審査を担うメンバがいくらベテランのエンジニア達でも、必要以上の遠回りを余儀なくされる場合が少なくありません。なぜなら審査メンバが、報告を行う設計者の意図を十分理解するまでの、すりあわせ的なやりとりがどうしても必要になるからです。
多くの製造業に置いて、その設計審査(DR)に参加する審査メンバは、設計上がりのベテラン技術者だけではないはずです。生産技術や製造、さらには営業や経理のスタッフも参加するはずです。当然図面は読めないし、設計とは何かが十分理解できていないメンバも参加いたします。
そして、このようなメンバに審査対象の設計内容を的確に理解させなければ、設計審査(DR)は成り立たなくなります。
設計思考展開は、このような場面でも威力を発揮いたします。部品の部分形状レベルまで、その狙いと目的及び思考過程が、事細かに展開された設計思考展開の展開シートは、設計部外者達にも、その設計意図を理解させることができるからです。さらにエクセルなどで、ビジュアルに表示された設計思考展開シートは、その効果を倍々増できます。
また、多くの場合このような場面では、我田引水的な自部署の都合を前面に出した要求や、声の大きさで自分の要求を通そうとする発言、流れを十分に読み切れていない的外れな発言などが頻発します。しかし設計思考展開を用いて、論理的に理詰めで詰めれて来た主たる流れは、このような外乱によりねじ曲げられる事無く、その審査はあるべき姿に必ず必ず落ち着くはずです。
さらにこの設計思考展開結果は、商品開発の後工程でも大きな役割を果たすことができます。
ものづくりや検査等のスタッフは、設計思考展開シートと図面をつきあわすことで、設計者から特別な説明を受けなくても、的確にその商品の設計の意図を理解できるからです。その結果、押さえるべき寸法や特性値を誤りなく把握でき、現場での微妙な塩梅付けへと結びついて行くことができるわけです。
要するに設計思考展開は、極めて高度なコミュニケーションツールといえるでしょう。口下手な設計者達の意図を正確且つ的確に他に伝え、また他から発せられる意図も、的確に設計者達に理解させる道具でもあります。