<前略>
弊社ではこの十年来設計部門の体質強化に取り組んで参りました。しかし残念なことに総合的な設計力という観点で見たときに、かつてのスーパーエンジニアに成長できそうなレベルの設計者育成には、至れておりません。
恐らく細分化された設計業務を局部的に経験してきた彼らにとって、鳥瞰的な視点で設計全体を見る訓練が出来ておらず、どうしても重箱の隅を追いかけるような設計アプローチに陥っている現実があります。
ですから様々な経験を積まそうとしても、設計思考展開手法を採用して、論理的に漏れなく設計を進めさせる訓練を積んでも、どうしても局部的視点での設計論が幅をきかせ、総合的に見たときに、この十年間の取組は失敗に終わったと言わざるを得ません。
そこでお尋ねしたいのですが、このような問題は弊社だけの問題ではないと思われるのですが、先生が手がけておられます製造業では如何でしょうか。またこの様な問題を如何に乗り越えて来られたのでしょうか。
<後略>
バブル期以降、我が国の設計部署は、集中的に設計工数を投入して、短期間で開発を仕上げる態勢に移行した製造業が数多くあります。
それ以前には、一機種を担当する設計チームは、大がかりな機械製品でも、開発リーダが末端まで十分にマネージメントできる頭数の範囲での、人員構成が一般的でした。
当然製品構造が簡単な場合の設計チームの構成人員は少なく、業種によっては、一人の設計者が数年掛けてじっくり製品を醸成させる様な方式を、採っていた製造業は少くありません。
そして、開発リーダのマネージメントの下、ある程度まとまった範囲を受け持つ様な、余り細分化がなされていない、大きな括りでの装置分けがなされ、さらにそれぞれの装置リーダの下、各装置担当設計者が、補助設計者達を指導しながら、目的の開発を進めるパターンが一般的でした。
設計の質的には、それほど激しい開発競争でもなかったために、階層構造の設計チーム内でその設計品質を高めながら、時間を掛けて製品開発を醸成させるやり方です。
このため経験を積んだ設計者達は、自分が担当する製品の隅々までを把握・理解して、俯瞰的な設計判断が下せるように育っていました。
ところがバブル期、新しい製品を作って市場投入をすれば飛ぶように売れる時代がくると、その様相が大きく変わってきました。「とにかく一刻も早く商品を市場投入しろ」これが多くの製造業でのトッププライオリティとされるようになり、従来から続いていた開発のやり方が大きく変わってしまったのです。
多くの製造業で設計部署を見渡すと、このバブル期に採用したメンバーが未だにウジャウジャ居ます。「次々と押し寄せる開発案件を、次々とこなして行くためには、頭数を増やすしかない」。「経験の少ない設計者を、短期間で戦力化しなければならない」。「一人がマスターすべき範囲を狭めれば、促成栽培は可能か?」。このような模索を行った当時の設計マネージャーは少なくはなかったはずです。
その結果多くの設計部署で、全体の仕事を細分化して、一人の担当範囲を狭め、横一列に並んで、自分の担当範囲を脇目もふらずに、仕事を進める開発パターンが定着することになりました。確かに熟練度の低い設計者達を、短期間で戦力化するには有効な方法です。また人海戦術で開発期間(設計作業期間)を縮めるにも有効な手段でした。(図1)
しかしこのような開発パターンの定着は、本当に強い体制の企業力を持たせるという側面から見た時には決して良い方法ではありませんでした。
確かに開発期間が短いということは、旬な商品を的確にマーケットに供給していく、投入していくためには、必須の条件です。ただし、それだけの目的で、人海戦術を繰り返し、垂れ流しに膨大な費用を使い続けても良いのかと言えば、決して良い選択ではありません。
それでは企業として、稼げなくなるからです。民間企業は、利益を出してなんぼの組織です。利益が出なければ話になりません。そのためには期間を縮めると同時に、当然の事として、開発のコストも下げなければだめです。
開発のコストを下げると言うことは、発売直後から設計変更を繰り返すような、問題を後でダラダラ垂れ流す部類の開発をもって、開発そのものの直接費用を減らしても、それではコストを下げたとは言えません。
当然の事ですが、十分な商品性を持って、よく売れる旬な商品の開発が仕上がり、それが販売され、十分な収益が得られるまでの、トータルのコストが下がらねば話になりません。
一般的な製造業の場合、開発が完璧な形でそのゴールに至るまでには、様々な紆余曲折を経る事が普通です。開発に関わるメンバー達の見込み違いや判断ミス、そしてつまらないケアレスミスや手抜きなどがその大きな原因です。
そしてこの紆余曲折は、対象商品の開発コストを、結果として押し上げることになります。上で述べた“開発のコストを下げる”と言う意味は、これら紆余曲折までを含め、且つ発売後に発生する後ろ向きの費用も含め、全てのコストを下げろと言うことです。
そしてこのコストを下げる最も有効な方法は、製品全体を的確且つ俯瞰的に把握できる設計者と、漏れなく正確に設計要件を具現化できる設計者です。
さてこのような観点で見たとき、お問い合わせ頂いた貴社の状況は、御自身でも気付いておられますように、バブル期の細分化した設計分担を、そのまま放置したままで生じた結果といえるでしょう。そしてこの問題を解決するためには、一人一人の設計者が担当する製品全体を俯瞰的に見渡せ、その細目までも理解できる設計者へと育てることでしょう。