CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

生産・開発拠点の海外分散化で弱体化した開発技術力を設計思考展開で復活できるか


     出来ますが、技術の集約化でこの問題は解消できるのでは?

■質問■

<前略>

リーマンショック以降続いた円高に対処するために、弊社では積極的に生産・開発を現地化する方向で展開して参りました。国内産業の空洞化、雇用喪失の元凶と非難されるかもしれませんが、企業として生き残ってゆくためにはやむを得ない選択と判断しております。

おかげさまで、この作戦はスムーズに進み、為替変動や地域ごとの景況変動を、柔軟に受け止める態勢が叶いました。

また開発拠点が対象マーケットに入り込んだこともあり、開発する製品の徹底したマーケットインが叶い、現地で喜んで受け入れて貰える製品を、多発できるようになったと自負しております。

しかし一方、各出先に中堅の設計者達を分散配置したため、予期したとはいえ、弊社全体の開発力という面では、開発力低下という、大きな弊害を生じてしまいました。特に設計品質面での問題は重大で、結果各所で折角の利益を食い潰す、クレーム問題を多発させております。

インターネットを用いた遠隔地DRで、国内に残るベテラン設計者達が、事細かにチェックしているはずですが、“気付いたところしか指摘できない”、“指摘されたところしか直さない”などの理由で、結局はザルチェックのDRに陥っております。

一方たまたま古本屋で見かけた先生の御著書、「設計思考展開入門」を購入して、熟読致しました。その結果、この手法を弊社の遠隔地DRのコミュニケーションツールとして用い、さらに国内に残るベテラン設計者達の持つノウハウ類を、全て設計思考展開で拾い出して、現地の中堅設計者たちに共有化させれば、現在弊社が抱える問題を解消できるのではないかと考えました。

この考え方で誤りはありませんでしょうか。

<後略>

■回答■

拙著をお読み頂きありがとうございます。

設計思考展開は、ご質問のような活用形態には、持つ機能上、十分ご期待に応えることが出来ると思います。

是非積極活用を試みてくださいと申したいのですが、一つ大きな不安を抱きます。貴社が持つ固有技術、継承技術の外部漏洩の問題です。

貴社の現地生産・開発拠点をウエブ上で拝見すると、情報漏洩が貴社の将来に大きな影を落とすであろう、また情報漏洩が当たり前のように起こりうるであろう拠点が、数カ所あると診ます(私の独断と偏見ですが)。

と言うことは、貴社ベテラン勢が持つ固有技術、継承技術を体系立てて形式知化した、設計思考展開票は、貴社にとって極めて危険な重量機密情報になるはずです。

現地の中堅設計者達の開発スキルを、このような手段を用いて引き上げようとする試みが、貴社にとって重大な機密漏洩を引き起こすと言う、本末転倒の結果を招きうることになりかねません。これでは巧くないはずです。

一方、貴社における開発の現地化は、開発する製品の、マーケットインと言う大きな効果をもたらし、恐らく商品特性という意味では、極めて好ましい開発体制を構築できているようです。この良さは是非残したい物です。

以上を鑑みたとき、現地にはマーケッティング要員と若手設計者(日本から派遣)及び現地採用設計者を残して、開発の主力となる中堅設計者は、全て国内に戻すことをお勧め致します。

そして全ての開発案件は、その量産立上げまでを全て国内で行い、安定量産が確信できたときに、始めて生産を現地移管する流れを取るべきだと考えます。

マーケットインの良さは、現地にマーケッティング要員と若手設計者(日本から派遣)及び現地採用設計者を残す事で、遠隔地DRの仕組みを有効に使ってやれば、充分に維持できるはずです。

特に私が提唱しているFS(フィジビリティースタディー)を、その開発着手時点で、現地スタッフも交えて、綿密に行ってやれば、マーケットインの良さは維持できるはずです。

また現地部品の採用などは、現地に残した若手設計者を窓口に、現地サプライヤーとやり合えばよいわけで、余り支障はないはずです。

一方、国内に集約された中堅設計者達の設計品質は、これも私がかねがね提唱しているミニDRを頻繁に行うことで、ベテランや他の中堅勢の厳しいチェックを受けると共に、彼らが持つ様々な知見を設計内容に織り込むことで、現地で孤独に行っていたときに比べ、格段に高い設計品質が確保できるはずです。

当然、ベテラン勢が持つ固有技術、継承技術を、設計思考展開を用いて体系立てた形式知化する取組みは必須で行うべきですが、全ての開発作業を国内に取り込めば、私が不安に感じた、重大な機密漏洩の問題を解消できると考えます。

尚貴社では恐らく無いと思いますが、技術の本質を知らない経営者の中には、開発の現地化を、固定費の削減(国内設計要員の削減)と捉える人がいます。このような価値観で開発の現地化・技術の移転を行っていくと、それぞれの製造業が持つ固有技術や継承技術は、たちまち霧散・流出し、自社の存続さえ危うくする結果に陥ることになりますので、注意が必要です。