CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

海外技術移転の留意点


■質問■

<前略>

本ホームページに先生が掲載されておられます、本年8月5日の「海外への技術移転には、戦略性を持った取組みで、伝えて良い範囲を明確化する必要がある」と、7月22日の「海外開発拠点への効果的な製品開発技術移転は」を拝読して、問い合わせをさせて頂きます。

長引く円高環境の元、弊社では、輸出用製品の生産拠点海外移転を、積極的に進めて参りました。弊社創業者の意思には逆らいますが、競合する韓国勢などとの、価格競争上でのやむを得えない苦渋の選択として、このような判断を致しております。

現状では、製品開発部隊と量産立上げ部隊は、国内にそのまま置き、量産立上げの際に生ずる問題点を潰し込んだ上で、工場設備ごと現地に搬入するような、ある意味無駄な手立てを講じております。これは先生が述べられておられますように、我が社が持つ固有技術や継承技術を、流出させないための措置です。

かつて弊社を中途退職した社員達が、主に韓国企業などに、貴重な技術を流失させてしまった、轍を踏まないための、最低限の防御のつもりです。

しかし、数字だけを追っている経営サイドからは、量産立上げ時の二度手間や、設計者や量産立上げ要員達の渡航費用、現地生産を前提とした現地部品の、試作〜量産立上げ期間における国内への輸入費用など、無駄を指摘され、開発や量産立上げを、早急に現地化するよう求められております。また人件費の面からも中長期的には、設計や量産立上げ要員も技術移転を積極的に行い、現地化するよう求められております。

このような事情で、不本意ながら経営層からの要求を、のまざるを得ない状況に陥っております。どうも、海外ファンド系株主から、強い横槍が入っているらしく、技術系やマーケッティング経験のある役員達は、渋々らしいのですが、やむを得ない経営判断と言うことで、有無を言わさずの下命です。

しかし先生の8月5日の記事にありますように、短期的に愚かな海外技術移転を受け入れてしまったら、近い将来の我が社の存続すら危ういという危惧があり、問い合わせをさせて頂いた次第です。

今我々が求められております海外技術移転に際して、どのような制約を設け、何に注意をすればよいのかを、ご教授頂けますと幸いです。

なお、輸出用の生産拠点ではなく、現地市場対応用の中国生産拠点においては、現地政府などから、暗に現地への最新技術の移転を求められ、その対応に苦慮しております。しかし現地市場用途の製品開発では、その価格的な制約やマーケットニーズから判断して、最新技術など全く必要とされないと判断しており、現地に積極的な技術移転を行うつもりは、経営層も含めてありませんので、今回の質問範囲からは外して頂いて構いません。対象は、欧米向けと、中国を除く世界市場向け輸出製品の、生産拠点に絞ってください。

<後略>

■回答■

一般に「製品開発拠点や生産拠点は、可能な限りマーケットのそばに置く方がよい」と言われます。これが言われ始めた1960〜70年代とは、情報通信手段や人間の移動手段など、大きく変わっておりますので、必ずしもこれが全てではありませんが、この考え方には、今でも私は、賛同しております。

さらに、製品開発を行う設計などの開発部隊は、なるべくその製品を量産する生産拠点に、様々な利点があるため、同居する事が望ましいと考えております(詳しい理由はここでは省きますが)。

そしてこのような観点に立つと、お問い合わせ頂いた課題は、貴重な技術流出の問題を除き、速やかに海外の生産拠点に、開発拠点や要員を、シフトすべきと言うことになります。

しかし、頂いた情報から判断するに、現在皆さんが悩んでおられます生産拠点は、その拠点周辺のマーケットを、睨んだ製品を生産しているわけではなく、人件費などの安さとワーカーの質を、最大限利用使用としている生産拠点です。ですから「可能な限りマーケットのそばに置く」と言う要求項目からは外れることになります。

また、「開発部隊は、なるべくその製品を量産する生産拠点に同居する」という要求からは、開発部隊を、海外移転すべきと言うことになりますので、要件から外れます。しかし、貴社の現状では、二度手間の無駄はあるにしろ、開発拠点と隣接するマザー工場で、現地生産拠点を想定したチューニングなども含め、量産立上げを行っておりますので、実質的には、私が言う“同居”と言う要件に合致しております。

と言うことは、技術流出というリスクを踏まえた場合に、貴社は既に、選べる範囲では、最適な選択を行っているのではないでしょうか。

8月5日のコラムでも記したように、貴社が誇る100年を越える歴史の中で、綿々と築いて来た貴重な固有技術や継承技術は、一度流出させてしまうと、あっという間に広がってしまいます。できる限り帰属意識が強い、我が国の若者達に、たとえ難しくても、たとえ費用がかかろうとも、これらを伝授して行くしか無いと思います。

そして彼らを開発の要として、現地要員は、専ら開発の補助業務(現地調達や現地生産に適合させる)だけを担わせる仕組みしか、その選択肢はない筈です。

このあたりを踏まえ、現在貴社で下されている経営判断を、その判断に懐疑的な役員の方々に動いて貰い、覆すしか無いと思います。

もしご依頼を頂ければ、社名は出せませんが、この20年間各所で生じている、海外への技術流出の恐ろしさを、事例を挙げながら、経営層に向け説明することも吝かではありません。