CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

海外への技術移転には、戦略性を持った取組みで、伝えて良い範囲を明確化する必要がある




■質問■

<前略>

一連の御説を拝読して、お問い合せをさせて頂きました。

弊社ではこの10年来、開発拠点の現地化を進めております。弊社規模の製造業では、ご多分に漏れず、国内での開発要員の確保が極めて困難で、仮に優秀と思われる要員を確保できても、ハングリー精神が乏しく、なかなか使い物にならない事情から、やむを得ずの選択です。

一方中国を始め東南アジアなどでは、それなりに優秀な、磨けば光るであろう人材の確保が割合容易で、当初は、その手応えの良さにほくそ笑んだ物でした。しかしある程度の時間が経つと、案の定使えそうな人間は、さらなる高給を求めて、次々と転職をしてしまい、かといって彼らのスキルが弊社の価値観では、その給与を引き上げる程伸びているわけでもなく、極めて難しいジレンマに陥っております。

また、彼らの教育を受け持つベテランエンジニア達からは、「いつまでもこんな無駄な取組みをやっているのだと」強い不満が出される事態となり、何らかの方針変換を求められていると言う結末です。

さらに始末が悪いのは、この取組みを始めたときから、このような事態が生ずるだろうとは、覚悟していたのですが、中国において、弊社製品を模倣した(恐らく持ち出した図面そのままで、ロゴも瓜二つな)製品が市場に出回る事態が生じてしまい、弊社の知的所有権をふくめ技術の流出の不安が生じてしまいました。

このような事態を受け、開発拠点の海外化を強く推進してきたトップも、方針の変更を余儀なくされ、早急に改善計画を建てるよう、私が下問を受けた次第です。

そこでお教え頂きたいのですが、弊社のようなケースで、技術の流出を防ぎながら巧くその開発拠点を海外に展開することは叶いませんでしょうか。

<後略>

■回答■

まず、貴社の危機意識の状況では、何を打っても無理だと考えます。

自社の技術流出が怖ければ、開発技術の海外移転など考えるべきではありません。

なぜなら、恐らく貴社が誇りにしている、固有技術や継承技術は、その殆どが“人”に帰属し、その人次第で、生かされもすれば、殺がれもする代物の筈だからです。

仮に貴社が現地で採用し、一生懸命育てた人たちが、極めて優秀であった場合には、あっという間に彼らはその技術を吸収して、自分の物として駆使できるようになるでしょう。そして彼らが貴社の戦力として現地で活躍してくれる分には、貴社にとっては“良かった”と言うことで済むでしょうが、競合他社や、競合製品を持って、打って出る新興企業に転籍された場合には、極めて危険な“敵”となるわけで、まさに両刃の剣を敢えて育てるような話だからです。

と言うことは、既に貴社が経験したように、企業に対する帰属意識の低い、自己の都合を最優先する者達を、頼りにすることは、元々無理と言うことになるわけです。

恐らく貴社も、このあたりの恐れは抱きながらの、海外移転だったとは思いますが、実際に行った取組みは、国内で新開発拠点を作るのと、余り変わらない意識下での、極めて粗忽な取組みであったのではないでしょうか。

私は若い頃、ある建設機械メーカで、米国メーカとの技術提携で、製品を開発する部署におりました。その設計部署は、当初の仕事は、提携先のインチ寸法で作られた図面を、ミリ寸法に変え、国内の調達や生産都合に合わせて微少変更する、設計作業から始まっておりました。

しかし10年余り経つと、提携先の製品を凌駕できるレベルで、製品が開発できる技術を身につけ、私が退社した後は、全て独自開発の、しかも世界トップクラスの製品を、世に送り出すにまで、短期間で成長致しました。そしてその提携先は、図面は基より、あらゆるマニュアルを公開してくれ、しかも惜しみなく技術的な問い掛けに応えてくれておりました。

この私の経験が何を意味するかは、おわかり頂けると思いますが、受ける側に、十分な能力と、姿勢さえあれば、建設機械ほどの、割合難しい機械の開発技術でさえ、10年もあれば十分に会得できると言うことです。

余談ですが、この私の経験から考えると、どこまでできているかは極めて疑問ですが、中国が独自技術と嘯く新幹線開発技術も、案外高レベルにあるのかも知れません。

さて、貴社の主力製品を、貴社HP上で拝見する限り、貴社の固有技術や継承技術が漏洩した場合には、貴社存続の危機が生ずる性格の製品だと考えます。分野は違いますが、半導体や液晶パネル、家電製品など、かつては我が国製造業が得意としていたにもかかわらず、その安さでマーケットを席巻された製品類に、技術的難易度から見た場合、類する物と考えます。

貴社のこれまでの取組みは、まさに貴社が近い将来、これらの製品を作ってきた製造業と同じ運命を辿っても良いと言う判断での、取組みだったと端からは見えます。

しかし貴社は、そうではないと言うことで、私どもにお問い合わせを頂いたのですが、既に走り出している貴社の取組みを、巧く軌道修正できるかは、甚だ疑問であります。なぜなら、貴社が取組みを始めたこの10年の間に、貴社が大切にしてきた固有技術や継承技術を、大量に外部に流出させてしまっている可能性があるからです。

その場合には、今更軌道修正を行っても、遅いと言わざるを得ません。そして、このあたりを冷静に踏まえた軌道修正でないと、その取組みそのものが、徒労に終わる可能性があります。

では、幸いにして大量に技術流出が無かった場合には、何を為すべきかですが、その答えは簡単です。やはり、帰属意識が強い、我が国の若者達に、たとえ難しくても、たとえ費用がかかろうとも、貴社の固有技術や継承技術を伝授することです。そして彼らを開発の要として、現地要員は、専ら開発の補助業務(現地調達や現地生産に適合させる)だけを担わせる仕組みです。

当然前もって、海外に移転して良い技術(補助業務)と、国内(日本人スタッフ)に止める技術を、論理的且つ体系的に、仕分けて置く必要があります。ちなみにその仕分け作業は、私どもが十分にお手伝いできると思います。

一方このような提案をすると、現地要員のモチベーション維持を、問題視する反論が良く出ますが、技術を会得して、社外流出するリスクと比較してください。

経験的には、露骨に、技術の開示制限に、反発してくる現地スタッフがおります。この場合には、闇雲に排除するのではなく、本人の素養と忠誠心で判断をした上、さらに契約で歯止めをかける形で、日本人スタッフと同等に扱うことは否定しません。しかし一般的に、契約など平気で反故にする、中華系現地要員は、やめておいた方が良いと思います。

また、開発の要となる日本人スタッフは、少なくとも就職難の今現在、選り取り見取りで大量採用できます。そして彼らを国内で集中育成し、ある程度育ったら、海外生産拠点をローテーションさせればよいわけです。少なくともこれまで私が支援してきた多くの製造業で、このような仕組みが構築できており、巧く機能できております。