CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

過度の在庫縮小やバックアップ生産体制の不備は、己の首を絞めるに等しい経営選択(その1)


     金利・保管負担によるコストロスと、震災などのリスクによる経営被害コスト
    の関係を良く睨み込め!



東日本大震災の余波で、自動車を始めとする世界中の工場が、操業停止の危機を迎えている。既に操業停止に陥っているところも少なくない。なぜなら、この震災で被災した、東北地方に製造拠点を持つ、有力部品メーカや素材メーカから中小の町工場までもが、その生産停止を余儀なくされたからだ。そしてこれらからの部品や素材の供給が停止し、それまでの手持ち在庫や、流通在庫を、使い果たしてしまったため、操業停止の憂き目をみているのである。

しかしこの大災害と製造業の操業停止との関係は、今に始まったことではなく、神戸の大震災や中越沖地震でもおきた。特定メーカに依存していた部品の供給が止まり、我が国の多くの製造業が、操業停止に追い込まれたことは記憶に新しい。それが今回は、世界規模で起きているに過ぎない。

一方私は、随分前から支援先の各社に、「度を超えた在庫削減と、単なるコスト低減目的での部品供給先一元化は行うな」と戒めてきた。今回のような大震災に限らず、高速道路の大事故など、部品供給が停止することは、日常茶飯事で起こりうるからだ。

さらに神戸の大震災、中越沖地震を経験し、部品調達・下請け先の分散化を提言してきた。地域限定で被災する、今回のような場面を想定した措置である。西日本と東日本の2社に、分散して部品製造の下請けを行ってあったなら、今回のような場面では、西日本の下請け先に、倍の部品発注を行うだけで済む。

倍の生産に急遽対応するために必要になる材料や人手は、東日本側下請けメーカを、フル活用すればよい。彼らが手配していた材料を回し、人員も工場復興要員を残し、残りは全て西日本側メーカに応援に出せば済む。これで一時帰休などせずに済むし、生産設備などは、期間が読める緊急時だ、24時間操業でも誰も文句は言うまい。改めての設備投資など殆ど不要なはずだ。

一方今回の震災で、部品や素材生産がままならず、世界中の工場が、操業停止を起こす原因となっているメーカは、世界中て、オンリーワン製品を担っているメーカが多い。このため、上記した部品外注下請け先のように、発注側メーカが、自在にその経営方針を差配できる関係にはない。

しかし供給側メーカにとっても、工場再生までの部品や素材が出荷できないと言うことは、自らの死活問題である。工場再開までを補填できる潤沢な在庫を持つか、バックアップ工場を設置しておく必要がある。

そうしないと工場が復旧でき、いざ出荷を始めようとしたときに、そのシェアーの全てを、他国のメーカに、奪い取られていたなどとの結果に陥りかねないからだ。物づくりのリスク管理の観点から観たら当然の手当だろう。

しかし、この私の助言や提言に対して、真っ向から抵抗する勢力がある。SCMやJITを推進する人たちだ。私は、“あらゆる無駄を排除した物づくり“と言う観点で観たときに、これらの考え方を決して否定する立場ではない。特に今回のような、「何年に一度起こるか判らない、震災などによるリスクまで、配慮しなければならないのか?」と言う観点では、これまでも各所でその議論は分かれた。

特許や特殊な製法・設備により、そのメーカにしか生産できないような部品や素材を、その商品としていた場合には、社会的使命と言う道義的な責任を除いては、潤沢な在庫やバックアップの生産設備を持つ必要は、無いかも知れない。

工場を復旧するまで、若しくは新工場が完成するまで、世界中の顧客を、有無も言わさず待たせ、しかも在庫品を可能な限り高く売り付け、復旧費用を捻出して、事業を再生することができるかも知れないからだ。

しかしこれをやったら、このメーカの社会的な信用は、地に落ちるに違いない。さらに顧客達は、短期間でその代替え品を見つけ、該当する部品なり素材を、用いなくて済む製品に設計変更するはずだ。と言うことは、工場が再開でき出荷ができるようになっても、顧客が全て逃げてしまったという結果に陥ることは必定である。

だから、高額な地震保険が掛けてあったとか、東電から膨大な損害賠償が得られるなどの、何らかの手当が為されていない限り、これらのメーカは、倒産するか、事業撤退を選ばざるを得なくなる。

これが、代替え製品を供給できる、国内外競合先があるメーカなどでは、それぞれの客先は、極めて短期間で、競合先部品や素材を採用できる設計変更を行い、工場が再生できたときには、一から顧客開拓を行わなければならない羽目に陥るだろう。工場を復旧しても、待っているのは、倒産か事業撤退しかなくなる。

幸い中越沖地震の時に、供給停止を起こしたメーカは、そのユーザーである国内各社が、挙って該当工場の復旧に参画し、短期間で供給再開が叶ったため、事なきを得た。しかし今回の東日本大震災の場合には、福島原発も絡み、一筋縄では行くまい。

そしてこのようなリスク対処に対して決断を下せるのは、どの企業でも同じだろうがその経営者達しかいない。なぜなら、金利負担や倉庫コストなどのムダを、一銭でも減らそうとするSCM推進者や、一銭でも物づくりコストを削減しようとする、JIT盲信者達には、到底考えられない経営判断だからだ。今回のような災害に襲われたときに、自分たちの会社(顧客や社員達)を守るか、あきらめて捨てるかの、経営者としてのポリシーで、その選択肢は分かれる。四半期毎の経営指標を、ビクビクしながら見ているサラリーマン経営者には、到底無理な判断なのかもしれない。

残念ながら私の支援先でも、私の助言や提言を、全面的に採用して頂けているところは、僅かしかない。中越沖地震後僅かに増えたが、その殆どは、このような巨大災害に対するリスク管理は疎かだ。今現在、世界中の物づくりを止めようとしている企業達も、このような巨大災害に対するリスク管理が、疎かだったと言えるだろう。

さて、以上のような提言を行うと、提言を理解頂ける方々からも、「低金利の現状では、金利コストを余り気にしなくて良いのも判るし、コスト負担の安い立地に在庫を持てばよいのも判る。しかし在庫を沢山持つと言うことは、設計変更に伴う廃棄部品の問題や、設計変更タイミング逸失による製品不良在庫の増加など、様々な問題が出てくるのではないか?」など様々な疑問や反論が生ずる。

そこで次週は、これらの疑問に対して、私がこれまでどのような手を打ってきたかを、会員の皆さんに限定して、紹介する予定である。