<前略>
弊社でも、バブル崩壊以来のこの20年間、世の中の経営風潮に踊らされ取った、様々な施策の結果、気付いたら必要な人材が育っていなかった、という現実に直面しております。特に欧米流の「人材は育てる物ではなく、必要な人材を必要なときに(必要なときだけ)確保してくるべき」的な、昔我々が育ってきた時代とは全く価値観の違う経営思想が持てはやされ、蔓延した結果、このような状況に陥ってしまったのだと思います。
当初よりこのような経営スタイルには違和感を覚え、将来への不安を感じていたのですが、未だ課長クラスの分際で、経営層の判断に批判的な言動も取れず、少なくとも自分の受け持つ分野の人材確保や育成だけはと、できる限りの努力を行ってきたのですが、全社を見渡したときには、極めて危機的な状況に陥っております。恐らくこのままの状態では、これまで強みにしてきた製品開発力や開発品質の高さが維持できなくなるどころか、製造品質の部分でも様々な問題を抱え、10年後弊社が存続できているか極めて不安な状況にあります。
幸い先日の人事異動で小職は、弊社の主力製品の開発部隊を任されることになり、これまで抱いて参りました人材育成に権限を持って取り組める立場となりましたので、何はさておいての取組を始めようと考えております。
このような事情もあり、年初より帰宅後や休日などには、何か参考になる情報はないかと頻繁にインターネットを閲覧し、御貴殿のホームページに行き着きました。生憎興味深いタイトルの項目の多くが鍵がかかっていて中が読めない状況でしたが、閲覧を許されている一部の記事を拝読させて頂き、感銘を受けるとともに、お問い合わせをさせて頂いた次第です。
御貴殿が強く申されている“資源を持たない我が国製造業のあるべき姿”“我が国製造業が課せられた人材育成の考え方”は、全く同感であり、今後の弊社の進むべき道だと認識を致しました。
そこでお教え頂きたいのですが、弊社のような状況に陥っているケースで短期間に必要人材を育成できる画期的な手立てはありませんでしょうか。御貴殿が提唱されておられる設計思考展開や人材の棚卸しなど即効的に役立ちそうですが如何でしょうか。
<後略>
まず結論から申しまして、冷たい言い方ですが、一朝一夕で的確な人材育成は無理と言えます。さらにこの20年間の、貴社人材育成の状況から察するに、指導する側の人材が欠如しているのでは無いかと思います。
釈迦に説法だとは思いますが、座学的なトレーニングで、これからの我が国製造業が確保すべき、役に立つ人材育成は、ほとんど不可能な筈です。私に言わせれば、座学でできるような内容は、それぞれの若い技術者が、自助努力で会得すべき技術や知識だと考えます。
当然自助努力をさせるための道義付けや、環境整備は必須です。また教育を施そうとしている若い技術者が、この部分でのポテンシャルが一定以上になっていないと、下記するような取組が滞ることになります。ですから上記した取組も、必然的に取り組まざるを得ない事にはなりますが、あくまでも、これから貴社が取り組まなければならない人材育成の目的では無いと理解すべきです。
我が国製造業に取って、本当に必要な人材育成の取組は、やはり実際の業務を通じ、これまでそれぞれの製造業が蓄積してきた、伝承技術や固有技術を、役に立つ知識や知恵として、的確に若い技術者達に伝えてゆく取組だと考えます。そしてこれらの取組が、一朝一夕でできる取組ではないことを、説明するまでもなくご理解頂けると思います。
ですから、まず最初のお問い合わせ「弊社のような状況に陥っているケースで短期間に必要人材を育成できる画期的な手立て」は、存在しないとご理解下さい。
さらに、上記した若い技術者に伝承すべき、貴社が持つ固有技術や伝承技術を、伝え指導できる人材が存在するか否かの問題があります。20年前のバブル崩壊不況時、10年前のIT不況時、そして今回の大不況で、これらの知識や知恵・技術を持った人材の、生首を切って来ませんでしたか。若しくは何らかの手段で、去りゆくこれらの人材から残すべき技術や知恵を、保存体系化してありますか。残してあれば問題はないのですが、お伝え頂いた状況から察するに、貴社の場合これらが霧散してしまっているのでは無いのでしょうか。もし霧散してしまっているとしたら、これからの人材育成の取組は“茨の道”を覚悟せざるを得ないでしょう。
次のご質問の「設計思考展開や人材の棚卸しなど即効的に役立ちそうですが如何でしょうか」は、即効的には無理にしても、これからの貴社の取組にとって、必須の手法であり取組の筈です。さらに“貴社技術の棚卸し”も、必須で取り組む必要があると思います。
恐らくこれらの手法や取組無しに、闇雲に人材育成にチャレンジされても、途中で頓挫する事は請け合いで、また逆に貴社の現状では、これらの手法や取組が不適である場合もあると思います。
いずれにしろ、まずは貴社の現状を的確に洗いざらい洗い出し、漏れなく問題点を拾い出し、それらに優先順位を付けて、本当に実施可能な改善・改革計画を立案した上で、愚直にそれを実行してゆくしかないと思います。