CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

トヨタの暴走事故、なぜギアーをニュートラルにできなかったのか?
トヨタの車としてのあるべき姿を忘れた大チョンボか、悪意ある米一部勢力のでっち上げのいずれかでしょう。



■質問■

<前略>

ご無沙汰させて頂いております。その際は弊社の設計改革にご尽力頂きましてありがとうございました。おかげさまで、この大不況にもめげず、設計者一同がんばっております。

さて、12日に先生が掲載されたトヨタプリウスに関するコメントを拝読し、エンジニアの端くれである私には、思いもつかない視点での御洞察に、感激をさせて頂きました。しかしトヨタのリコール問題では、もう一点、私には理解できないところがあり、厚かましくもお問い合わせさせて頂きました。

それは、原因がフロアーマットなのか、アクセルペタル付け根の部品不具合なのか分りませんが、アクセルが戻らず、暴走死したドライバーは、なぜギアをNレンジに入れなかったのでしょうか。

普通、このような状況に陥ったとき、エンジンを切る、ギアーをニュートラルに入れるなどはあたりまえに行う行為だと思います。駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違えたときなどは無理にしても、ハイウエー上を走行中、しかもパトカー乗務の警察官だと言うことですが、なぜこの基本行動を取らなかったのでしょう。新聞やテレビなどで報道される限りでは、責め立てている米下院議員たちも、守勢にあるトヨタからもこのあたりの言及がありません。先生のご見解は如何でしょう。

広い情報網をお持ちの先生なら、何かこのあたりの情報をお持ちでないかと、私の好奇心のおもむくままにお問い合わせをさせて頂いた次第です。

尚、先生の発信されるコラムやQ&Aは、毎週楽しみに拝読させて頂いております。今後も為になる情報をご提供頂けるようお願い申し上げます。また閲覧会員になればよいのでしょうが、小遣いもままならない名ばかり役員の給与では、12,000円の出費は少々厳しく、できましたらなるべく鍵を開けておいて頂けますと幸いです。

<後略>

■回答■

私も**さんと同じ違和感を感じております。私ならエンジンやミッションが壊れようとも、躊躇せずギアーをニュートラルに入れ、例えブレーキの効きは悪くても(一般にブレーキ倍力装置は、エンジン吸気の負圧を用いているため、フルスロットルでは恐らくほとんど負圧は生じず、足の力だけのブレーキになる)ブレーキをひたすら踏んで、時間を掛けて停止させるでしょう。またその間に、私のレジェンドならイグニッションスイッチを回してエンジン停止を行うでしょう。

米国でこの事件が話題になった直後、実際に100Km走行時にギアーがニュートラルに入ること、エンジンが停止できることを、交通量が極端に少ない圏央道鶴ヶ島JC〜川島IC間で実験致しました。車はいずれもホンダ車で、レジェンド、オデッセー、フィットです。

しかし私の知識では、一部車種(上記車種も設定がされているかもしれないが)では、オートマチックトランスミッションの保護を目的として、一定以上の速度で走行している場合には、ギアーがニュートラルに入らないような“馬鹿よけ”をしているとの認識があります。ですから問題のレクサスは、シフトレバーをニュートラルの位置に入れても、オートマチックギアーがニュートラルポジションに、即座にならなかった可能性はあります。

一方設計の常識的には、ミッションの保護を考えた場合、瞬時のニュートラルポジションはノイズ扱いし、ある一定時間以上(恐らく1/10秒程度)ニュートラル位置にレバーがあったとき、少しの遅れを持ってニュートラルになるような設計がなされている筈です。

現に、昨日の公聴会で証言に立った女性は、「ギアーをニュートラルやバック位置に入れたが入らなかった、しばらく経って加速が止まった」と証言しており、まさに瞬時にはニュートラルに入らなかったが、結果として動力伝達がとぎれたことを、証言しております(本人や糾弾を行っている議員達は無意識のうちに)。

以上のことから次の3つのシナリオを私は考えております。


ケース1・・・トヨタたたきを目的としたでっちあげ

レクサスES350のミッションが、如何なる状況に置いても(少なくともエンジンが動いているとき)ニュートラルポジションに、少々の遅れがあっても入る事が確かな場合には、一家4人が死亡した事故は、もし本当にあった事故としたなら、そのドライバーは、よほどパニックに弱い人間か、一家心中を目論んだ結果としか思えない。別な見方をすると、ビックスリーを擁護する勢力と通じた、故意に引き起こした事件とも思える。

仮にフルスロットル状態でエンジンが暴回転しても、ギアーをニュートラルにしさえすれば、下り坂が続かない限りは、いずれは車両は停止するはずだからである。いざとなれば、命がほしければ、常人ならこのような対応を、否応が無く取るはずだからである。


ケース2・・・トヨタたたきの意図は元々無かったが、現地トヨタの対応のまずさが問題をこじらせた

証言者が事故に遭遇した後手放した車は、その後現在に至るまでの4年余、同様の現象が生じていないと言う点は大いに気になるが、その点を除けば公聴会で証言台に立った女性が証言した内容から察して、その女性は現実にトラブルに巻き込まれていたことは間違いなかろう。しかし現地トヨタの対応は、彼女の怒り具合から察して、けんもほろろな対応だったに違いない。

「エンジン暴走の件は、怖い思いをさせて済まなかった、原因を徹底糾明し、改修するので少し待ってほしい。しかし貴方が、冷静で正しい対応を行ってくれたので、貴方が不幸な結果で終わらなくて良かった。貴方はギアーを間違いなくニュートラルに入れ、少し遅れはあったがギアは間違いなくニュートラルに入った。だから止まることができた」と、彼女に素直にわびを入れたら、こじれることも無かった筈だ。

一般に米国に限らず、国外では如何なる場合にも謝ってはいけないなどとよく言われる。しかし私の経験では、ケースバイケースで謝るべきは謝った方がスムーズに行く場合が少なくなかった。彼女がプロのクレマーでもない限り、オーナーとしてレクサスに乗る人種には、真摯な対応をしても良かったはずである。

たまたま別な製品がらみで米国での市場調査に最近も関わった。そこで把握したレクサスオーナーの平均像は、鎧を着てクレーム対応を行わなければならないような人種ではなかったからだ。


ケース3 トヨタの“自動車のあるべき姿”を忘れた高慢さがもたらした結果

私が認識する本来の機械のあるべき姿とは、それぞれの機械を構成する様々なメカ部分に何らかの異常が生じたとき、それぞれの機械は安全な方向で自動停止したり、代替えとなる手段でそのトラブルを回避できる様、作られている必要があると考えている。しかし残念な事に、現在世の中に存在する機械の多くは、このような考え方で設計製造されていないことも事実である。

これを自動車に当てはめてみると、仮に上記の暴走状態が、その電子制御システムの故障が原因で生じたとしたら、電子制御の異常が生じたときには、スロットルは閉じる方向に設計されていなければならないと言うことだ。その昔の、アクセルペタルの操作を、ワイヤーでキャブレターに伝えていたコントロールシステムでは、ワイヤーが切れた場合、スロットルは閉じになるよう作られていた。

今多くの工場で用いられているロボットなどの生産設備では、電子制御部分が異常を来した場合には、即座に停止したり、周囲にいる人間の安全を確保する行動を取るように、設定されている場合が普通と考える。

一方今回の問題でも槍玉に挙がっている、電子部品もくせ者だ。電子制御装置を構成する電子部品、即半導体をはじめとする電子部品には、不良はつきものだ。だから多くの安全性を伴う機械では、電子制御装置が暴走などのトラブルを起こしたときには、上記したように、速やかに機械が停止したり、安全な方向に作動する仕組みを取り入れている。

トヨタが引き起こしておる問題が、このような基本的な考え方に基づいて設計・製造された物であるなら、仮にフルスロットル状態が生じても、即座に自動的にスロットルが戻ったり、ブレーキが優先して作動できたり、当然ギヤーはニュートラルにスムーズに入るような手当が、その制御系の中になされていなければならないと言うことになる。

ましてやスロットルを制御する制御系に異常が生じたときに、他の制御系まで連動して異常状態に陥ってしまうなど、トヨタのケースでは無かったとは思うが、仮にあったら、機械を設計する者としての基本、原理原則を逸脱した設計と言わざるを得まい。

昨今のトヨタ車全体に見られる傾向として、私は電子制御系への過度の依存と、過信を危うく感じていた。先々週掲載したプリウスが引き起こした問題も、電子制御に過度な依存と過信をしたために生じた問題とも言える。

私の感覚では、電子部品は、その材料製造・精製から、加工製造の全工程に置いて、徹底した品質管理がなされて、初めて信頼に耐える電子部品を作ることができる物であり、それでも初期状態では発見できない不良が混入される物であると認識している。だから常に電子制御系は疑ってかかっている。

また、その電子制御系を動作させるプログラムは人間が生み出す物だ。これには常にバグがつきものだ。それぞれ徹底したソフト開発の品質管理を行っているはずなのに、銀行のATMトラブルや、飛行機の管制トラブルまで日常茶飯事で問題が生じている。この部分でも、常に疑ってかかる必要がある。

そして仮に、今回のトヨタが引き起こした問題が、このような基本的に押さえるべきポイントを、逸脱した結果生じた問題だったとするならば、「自分たちに、できもしない品質管理を、自分たちの品質管理は完璧だと過信した、トヨタの高慢さが引き起こした問題」と糾弾されても申し開きできまい。