<前略>
弊社では、開発品目が少なくなった昨年の秋以降、「フロントローディング設計」への取組を行っております。
先般、新任の担当役員に取組状況を報告したところ「一年近くの取組を行ってきてその具体的な成果は何か、定量的な数値を示せ」と言われ、我々一同言葉に詰まってしまいました。
なぜなら漠然とした目標を3年先に置いて、どの様なアプローチを行えばよいかを模索するところから始め、そしてこの連休明けにやっと全体計画の骨子が固まった所でしたので、担当役員の質問に答えようがなかったわけです。
そしてその結果、担当役員からは、「フロントローディング設計の理念と手法が確立できたときの期待できる効果は理解する。しかしこれまでの取組では、いつになったらその効果が出るのか明確ではない。今後の取組は、その取組期間に正比例する形で定量的な成果が出る取組を行なえ」との指示が出てしまいました。
しかしどう考えても、役員が要求するような徐々に成果を上げながら目標のゴールに近づいてゆくようなアプローチが思い浮かびません。
一方先週先生から届いた暑中はがきには、“私どもがその開業以来提唱して参りました「フロントローディング設計」手法は、一朝一夕で会得できる技ではありませんが、大きな忍耐と弛みない努力で得られた「開発力」は、当面の間、市場規模縮小を余儀なくされるであろう厳しい環境を、ダントツで勝ち抜いてゆける強力な武器となります。”との一節があり、不躾にもお問い合わせさせて頂いた次第です。
先生のご経験の中で、弊社役員が申すような“取組期間に正比例する形で定量的な成果が出る取組を行い”ながらゴールに至ることができた事例がございますでしょうか。もしある場合にはどのようなアプローチ方法をとられたのかご教授願いますと幸いです。
<後略>
残念ながら私の経験の中では、お問い合わせのような都合の良い形で、ゴールに至れた事例はございません。中には3ヶ月足らずで成果を出すにレベルに至った例はございますが、この例でも、取組開始から成果が出る3ヶ月後までの間は全く定量的な成果は出ておりませんでした。
一般的に「フロントローディング設計」取組における設計部署の生産性の変化は概ね図1のような形態となります。
まず取組開始時点では、その時点までに保有する固有技術や継承技術の引出・体系化などの作業に膨大な手間が生じます。そしてこの手間は、誰にでもできる手間ではなく、それぞれの設計部署を担う主力メンバー達が主体的に関与することが必須であり、これは「フロントローディング設計」態勢確立を急げば急ぐほど、結果として設計部署の定常業務を阻害することになります。即ち設計部署の生産性が大幅にダウンすることになります。
しかしこの段階をうまく乗り越えることができれば、設計の主力メンバーへの負担は大幅に減るため、設計部署の生産性という意味では、未だ着手以前より良くなることはありませんが、大幅に好転致します。この段階に入りますと予測設計用の雛形モデル作りなどの作業や、パイロットプロジェクトの作業が中心となりますので、それぞれを担当する一部メンバー分の生産性が損なわれるだけで済むからです。よって規模が大きい設計組織ほど、損なわれる生産性の割合が少ないことになります。
ところがこの段階は膨大な期間を費やす例が一般的で、延々と効果を出せない状態を続けざるを得ない重圧から、この段階で挫折する製造業は少なくありません。
そしてパイロットプロジェクトが終わり、その総括を済まし、取組を水平展開できるタイミングになると、徐々に効果が出始めます。さらに全体的に「フロントローディング設計」が浸透して来ると、やっと画期的な生産性向上を享受できる段階に入ることができます。後は気を抜きさえしなければ、ある一定点まではさらにその生産性は徐々に上がってゆくパターンとなります。
あと、気がかりな点がございます。
貴社では、「フロントローディング設計」取組着手から半年余り経って、やっと全体計画の骨子ができたとの事ですが、いったいそれまで何を行っておられたのでしょうか。当初目標の3年に対して時間が掛かりすぎではありませんか。
恐らく私の著書やホームページなども参考にされておられるようですから、現状分析などの作業や、最適な取組方法を検討なされておられたのだと推察致します。しかし、もし私の推察が当たっているならば、なぜ新しい役員さんからの指摘に対して、短絡的な取組は現実的でない事を、貴社の現状を示し、取組のステップを示して説明できなかったのですか。
もし皆さんが最短で「フロントローディング設計」態勢確立を成し遂げようとされるのであれば、どうも私共の“現状診断”を早急に受診なされた方が良いのではないかと、老婆心ながらご提案申し上げます。
全貌が見えませんので断定的には申せませんが、新任の役員さんとの顛末から推察するに、皆さんの計画は「フロントローディング設計」態勢確立が主目的になってしまい、もっと大きな目的を疎かにしているような気がしてなりません。
設計改革のプロとしての、私の目で見た貴社の現状と、皆さんが立案された計画の適合性・妥当性・有効性・成立性などを検証し、問題なければ新任役員さんの理解を得るアクション、問題があれば早急に軌道を修正するアクションが必須と考えますので。