CAE/CAD/CAM CONSULTANT 有泉技術士事務所

ベテラン設計者が持つ固有技術を3DCADを用いてナレッジ化(形式知化)したい?



■質問■

<前略>

弊社では、昨今の不況のおかげでできた余裕の時間を使って、ベテラン設計者が持つ設計ノウハウを形式知化する取組を始めようとしております。直前までは異常とも言える開発競争が続いていた状況で、なかなか手を付けることができなかった取組です。

現在我々が考えているアプローチ方法としては、ベテラン設計者複数に同一設計作業(CAD操作)をしてもらった作業過程をログとしてのこして、これらを基にCAD操作単位での設計プロセスのルール化を行おうと言う目論見です。

我々の目論見では、この方法をとれば単純な編集設計は基より、かなり複雑なモデルチェンジ設計などにも適用できると考えております。

ただ我々の目論見は、現時点ではあくまでも机上の空論であり、その実現性が検討メンバーの中でも疑問視されております。特に膨大な工数を費やす必要があり、さらに辛口の先輩設計者達(役職者)を使ってうまく行かなかった場合、設計部門全体から非難の嵐などでは収まらず、恐らく我々メンバーは、リストラ対象グループ入りすることが間違いないのではないかと考えております。

そこでご経験豊かな先生にご支援を仰ぎ、的確な布石を打ちながら、着実に取組を進めようと考えておりますが、ご支援をお願いできる物でしょうか。

<後略>

■回答■

お手伝いを差し上げることは可能ですし、このようなテーマは私のライフワークとも言える取組ですので、可能な限り参加させて頂きたいと思います。しかし現時点で頂いている情報から類推する、皆さんのお考えのままでは、恐らく巧く行かないだろうと言う感触を持っております。

一度おじゃまさせて頂き、充分な時間を掛け、貴部署の現状をお聞きするとともに、皆さんの目論見をお聞かせ頂きたいと思います。その上で、私どもの経験に基づいた、貴社が今後取組むべき方向性、考え方、取組に必要な期間、私どもにお支払い頂く支援料金などを見積・提案させて頂きますので。

さて、なぜ皆さんの現時点でのお考えでは、巧く行かないだろうと私が推測しているかを説明しないと、皆さんの寝覚めも悪いでしょうから、要点をお伝えします。

詳しくは私の様々な著書類をお読み頂きたいのですが、設計という行為は、極めて高度な知的作業の集合体です。たやすくその作業過程をマニュアル化できるマクドナルドの接客や、製造工場の単純組み立て作業などとは異なります。

そして皆さんがチャレンジされようとしている、ベテラン設計者の持つ設計ノウハウ、若しくは固有技術とは、一定レベル以上の工学知識に基づき、極めて高度な知的作業を幾度と無く繰り返し、様々な試行錯誤の結果会得した、自分が担当する機械固有の設計知識を、一般的には指します。

一方CADなどを用いて設計作業を行った作業結果は、あくまでもそれぞれの設計者が意図した設計目的を、具象化する過程での形状定義の経歴でしかありません。様々な高度な手法を駆使すれば、その作業経歴からそれぞれの設計者が意図した設計の狙いや目論見を類推することができるかもしれませんが、極めて難しい作業です。

私は20歳代後半から「設計の自動化」への取組を始め、様々なチャレンジを行って参りました。そして設計を自動化するための要が、まさに皆さんがこれから構築しようとする、ベテラン設計者の持つ設計ノウハウや、それぞれの設計部署が持つ固有技術です。要するにこれらを的確に把握できないと、設計の自動化の端緒(たんしょ)にも辿り着けないと言えるでしょう。

そして20年以上様々なチャレンジを行った結果、辿り着いた手法の一つが、私の提唱しております“設計思考展開”なのです。

設計という行為は、元来論理的な思考・行為の集大成です。そして設計対象となる機械は、物理の法則に基づいた原理原則に叶う物でない限り、機械として必ず破綻致します。要するに設計ミス・設計不良となるわけです。

ところが世の中の多くの設計マニュアルや、皆さんが取り組もうとしている設計プロセスを単にトレースしただけの標準化成果物は、単に思考の結果やその結果を具象化した成果物でしかありません。要するに思考のプロセスが抜きになっているケースがその殆どと言っても良いと思います。

技術進化がない、市場競争が無い製品設計を淡々と繰り返してゆくだけなら、このような結果だけの標準化成果物でも間に合うかもしれませんが、生き馬の目を抜く現在経済社会では全く通用しない話だと思います。

さらに、世の中の製造業が世に送り出す様々な機械には、それぞれのあるべき姿があります。対象とするマーケットから要求される顧客ニーズや自社保有技術・製造・調達環境の制約から必然的に定義付けられるべき製品仕様、物理の原理原則に基づいた破綻の無いメカニズムで構成された製品構造、民間企業の当然の責務である利益を生み出すための製造コスト要件、他、市場ニーズに対して商品を陳腐化させない開発期間など様々な克服しなければならない要件です。そしてこれらがバランス良く成立した姿が、それぞれの製品(機械)のあるべき姿と言えるでしょう。

視点を変えると設計という行為は、この製品のあるべき姿を満足させるために、設計者を中心に、その開発に関わるメンバー全てが知恵を出し合い、製品に具体化してゆく作業そのものです。

と言うことは、皆さんがこれから構築なさろうとされている「ベテラン設計者の持つノウハウ」は、上記した様々な要件から、具体的な設計成果物へと導いてゆく“考え方”や“思考方法”をも含めなければなりません。それでなければ、折角ベテラン設計者達から引出して、ナレッジベース化した情報を後の設計に生かして使う事が難しくなるからです。

もしかしたら「そこまで考えていないよ!」、とのご反論があるかもしれません。しかし後の設計に生かして使えない、単なる参考資料程度のナレッジベースでは、今度は皆さんが協力を仰ごうとしているベテラン勢から「ムダな作業につきあわせるな!」、とのきついお叱りを受けるのではないでしょうか。