2007年1月号の日経ものづくり巻頭に、キャノンの内田恒二社長のインタビュー記事が載っていた。その中に気になるコメントが載っていたので、それに対しての私見を述べる。
気になるコメントとは、現在プリンタ関係で用いられている3次元CAD、CoCreat Software社のOnespace Designerと、カメラ関係で用いられている3次元CAD、UGS社のNXを、どちらかに統合しようとしていると言う話だ。
誌面では語れない様々な理由はあるのだとは思うが、少なくとも誌面で語られている統合しようとする理由が「システムを二つ持つことによるIT技術者達のムダな動きの防止」と「全事業の情報整理」だと言うことである。しかも部品表の構成までをも、一気に統一化しようと言うことらしい。
21世紀を勝ち抜く製造業に課せられた使命は、社会正義に反することなく、適正な利益を上げ、株主に適正な配当を行う事にある。当然、利益を上げるために身を粉にして働く従業員に対しても、応分の還元(分け前)がなされなければならない。また、企業活動を行って行く上で、協調関係にある社会への適正還元も忘れてはならない。
そしてこれらの責務を各製造業が果たすためには、“旬でよく売れ稼げるる商品”を常に開発し続ける必要がある。要するに全世界の顧客ニーズにマッチした、安全で高品質且つ適正価格の製品を、より短期間且つ低コストに開発できる実力を持ち、常に安定した商品開発と製品供給が叶うことが、製造業に求められる必須の要件であると私は考えている。そしてその結果、我が国製造業が潤い、株主が潤い、従業員が潤い、関係者が潤い、国民全体が潤う構図を実現できる事が、我が国製造業のあるべき姿だと考える。
一方設計という仕事は、それに携わる設計者達の“知恵”に由るところが大きい。顧客ニーズを的確に捉え、あらゆる工学知識を基に、起こるであろう事象を予見して、先手々を打って、より質の高い漏れ・誤りの無い設計結果へと結びつけてゆくことが出来る能力が要求される。これが出来ないと、手戻り・後戻りが生じ開発の効率を落としたり、量産後のクレーム問題を引き起こすことになる。
このような視点で見たときに、CADが果たす役割をよく考えて欲しい。まず構想設計段階でのCADの役割は、設計者達がその頭の中に描いた設計構想を、具体的な見える物として具象化する道具だ。
設計者達は、その設計の目的に対して“考える”描く”“見る”“判断する”良ければ次に進み、拙ければ“消す”“考える”“描く”又は“考える”“並べて描く”の思考行為を繰り返す。これが設計作業である。
又この仕事は、上でも述べたように極めて高い能力を必要とする。創造力と知恵と工学知識をしっかり備えた、数少ない選りすぐられた人にしかできない、極めて高度な仕事のはずである。
一方3次元CADは、構想設計段階における設計の意図を、広く関係者に伝え、コンカレント開発を的確に行うコミュニケーションツールとして、若しくはFEMや機構解析などのシミュレーション用途の元データとしても活用できる。その他にも沢山のデータ活用用途はある。
しかし質の高い設計を実現する、効率の良い設計作業環境を構築すると言う視点で見たときには、設計者がその頭の中に描いた設計構想を具象化する道具としての役割が殆ど支配的であり、その他は2次的な活用にしか過ぎないことが、読者諸君には容易に理解できよう。
すなわち、質の高い設計の実現、若しくは設計者達がその能力をフルに発揮できる設計環境の実現という視点で考えると、3次元CADなどは、単なる設計構想を具象化する道具にしか過ぎない。
仮にこの道具が、設計者達が行っている、“考える”描く”“見る”“判断する”の繰り返し行為を、絶えず中断させるような道具だったらどうだろう?仮に具象化する作業を、自分ではとても面倒くさくて行えないような道具だったらどうだろう?間違いなく設計の効率は落ち、質も低下することは請け合いだ。
裏を返すと、設計者達の思考行為を、可能な限り妨げない仕組み作りや道具立てが、設計支援を行うITツールや、環境構築には求められると言うことである。
そして私は、この要件を満たすためには、CADサポートなどを行う要員が、倍になろうと、3倍になろうとかまわないという考えだ。仮に5倍になっても、多くの製造業では、総設計者数の数十分の一の数にしか過ぎないはずだ。
設計者達の適正な思考が妨げられるよりは、少々人件費がCADサポート要員に掛かっても、結果としては得になると言う考え方だ。
また創造力を必要としないCADサポート要員は、容易に手当できるし、アウトソーシングする方法もある。だが、核になる設計者達は、そうは行かないはずだ。
私は、開業以来これまで150件を超える様々な設計部署の実状を見てきた。その中には、IT部門主導での、設計を行いづらい道具の導入や環境構築を行っている例が少なからずあった。製品の特性や開発プロセスの相違も勘案せず、強引に3次元CADの統一化を図っていた例も少なからずあった。
しかしこれらの製造業は、その何れもが商品開発業務の効率化、開発する商品の質(QCD何れをも的確に満足してと言う意味での)向上という視点では、それぞれの取組を失敗していた。中には危機状態に近い混乱を生じていた所さえあった。
何故駄目かの詳しくは、私の一連の著書をお読み頂きたいのだが、「システムを二つ持つことによるIT技術者達のムダな動きの防止」と「全事業の情報整理」を理由にした、CADや部品表構成の統合化はいただけない。
当然キャノンの事だから、私が危惧するような事は、全て検討済みと言うことだとは思うが。