金型の冷却設計から見た「フロントローディング設計」


射出成形の仕組みや原理を簡単に言うと、熱で溶融状態にした樹脂材料に、一定圧力をかけ、金型の中に射出する。金型は水などで冷却されており、充填された樹脂は金型により冷やされ固まる(成形される)。最後は金型を開き、成形品を棒状の物で突き出し金型から取り外す。樹脂成形の用語で言うと、型締め、射出、保圧、冷却、型開き、製品の取出しと言う流れだ。
そしてこの一連の流れの中で、良い成形品を作り出すために、金型冷却の占める役割は少なくない。多くの樹脂(特に結晶性熱可塑樹脂)は、射出後の冷却状態が悪いと、結晶化が激しく進み、極端に大きな収縮を起こす。特に金型部位毎にその冷却状態が区々な場合は最悪な成形欠陥を引き起こす。詳しくは後章で述べるが成形品のそりひけの問題だ。
ただし冷却状態が悪くても、金型全体が均一な冷却状況の場合は、成形品全体が均一に大きく収縮することもあり、そりがそれほど極端ではない。しかしこの場合でも予定より大きな収縮を起こさせていたのでは、組み付け寸法などの寸法不良は当然発生する。
そこで金型設計者達は、なるべく金型全体が均一に冷却される金型構造や、その冷却方式を考えて、その冷却穴の通し方などを模索する。しかし多くの金型設計者が行うその模索は、彼らの経験や勘に基づいた物が多く、必ずしも的確な金型冷却設計ができているとは言えない。
いずれ機会を見て、そりを起こさない商品設計側の対応ポイントを述べる予定だ。しかしここで述べるポイントは、あくまでも金型冷却が巧く行っていることが、絶対的な前提条件だ。金型冷却設計が上記の様な勘と経験頼る設計では正直極めて心許ない。
そこで私達はいくつかのケースで、この金型冷却設計を的確に実現する技術確立の取り組みを行ってきた。具体的にどのような取り組みかの詳細は、これもまたいずれかの機会までお待ち頂くとして、ここではその概要を紹介する。
 設計の初期段階での“手戻り”の無い、より高品質な設計作業(設計への詰め)が必須の条件として、どの製造業でも求められるようになってきた。この状況は金型メーカや、金型設計部署でも同じである。
ところが、複雑な要因が入り交じる金型冷却の問題は、おいそれとその熱挙動を解明し、論理的に追い込めるような代物ではない。また勘と経験に頼る職人技的技術をその根底に置いた世界では、結局は“作って”“問題を出して”“考えよう”の態勢での取り組みを余儀なくされていた。そしてこの“作って”“問題を出して”“考えよう”の商品開発態勢が“手戻り”を生じさせる大きな理由になっていたのである。
これまで私は、このような問題を解消すべく、設計初期段階でしっかり機能を詰めるアプローチ、発生する問題を可能な限り設計初期段階であぶり出すアプローチ等を、この10年来多くの製造業と模索し続けてきた。そして数年前より「フロントローディング設計」と名付けた商品開発体制を各所で確立してきた。金型メーカの場合は、各種実験計測、統計処理手法、CAEに代表されるシミュレーション技術等をフルに活用した開発体制だ。
ここでは金型冷却技術に限って紹介するが、“既存金型で用いている冷却構造毎の冷却特性の把握”、“金型内で起きている熱挙動の解明及び特性のデータベース化”“新規設計金型に対する冷却性能予測技術の確立”の3本柱のアプローチがこの取り組みのメインになる。
この三本柱をもう少し詳しく述べる.
一番目の“既存金型で用いている冷却構造毎の冷却特性の把握”は、既に存在する金型の冷却に関する特性を徹底的に計測すること。そしてその結果にたいして、統計処理などを用い整理体系化することである。

二番目の金型内で起きている熱挙動の解明及び特性のデータベース化”部分では、二つの重要な作業が行われる。まずは、計測できない各種特性値を、一番目で整理体系化されたデータと、シミュレーション技術を用いて解明する作業。続いて三番目で行われる“予測”に用いるシミュレーションモデルの確立作業である。過去の計測結果と同一条件でシミュレーションを行い、その解析モデルを予測に用ることができるレベルにまで、その妥当性を高めてゆく作業だ。

三番目は、このようにして確立したシミュレーションモデルを用い新しい設計対象金型の冷却特性を予測し、最適冷却になるように金型の設計を詰める作業である。

私が唱える「フロントローディング設計」とは、具体的根拠に基づいた、徹底した仮想試作・仮想試験の実現である。そして機械設計誌(日刊工業新聞社)で行っている連載、「商品設計者のための樹脂成形金型入門」は、商品設計者の皆さんに金型設計をしっかり理解して頂き、金型設計を十分汲み取った商品設計に結びつけてもらおうと言う目的に基づいている。要するに問題を前倒しで潰してゆく「フロントローディング設計」を広く商品設計者の皆さんに取り入れてもらおうと言う取り組みの一環である。
ところが、このような私の訴えに呼応して、商品設計側の皆さんが、より高品質な樹脂製品を設計しようとしたときに、金型設計の部隊が、相変わらず勘と経験で、金型冷却や樹脂流動などの予測や追い込みをしていたのでは、お話にならない。商品設計者達の一人相撲になってしまう。両者がその技術をお互いに高めながら、より高品質な成形製品の開発に取り組まない限り、だめだと言うことだ。
だからもし、金型メーカや社内の金型部署の動きが悪い場合には、仕方がないがこれらを切り捨てるしかなかろう。難しいだろうが、商品設計者自身が金型設計の技術を取り込み、その技術を高めてゆくしかあるまい。そうして、三流の金型メーカでも、開発途上国の金型メーカでも、指示通り加工すれば一流の金型が開発できるスキルを、自前で確立せざるを得ないのではないだろうか?
  要するに、金型冷却設計を金型部隊に任せることができない場合、何らかの手段を用い、商品設計者自身が、このあたりをしっかり押さえてゆく態勢を確立する必要がある。