コンカレント設計を支援するコミュニケーション支援ツール(その1)


コンカレント設計現場の実状は
商品開発部署における生産性向上を図る手段として、コンカレント設計に取り組む製造業は少なくない。開発の初期段階からその商品開発に関わるあらゆるスタッフがその検討作業に参画し、それぞれが持つノウハウやスキルを開発の早い段階からその設計に織り込む方法だ。これにより試作や量産出図後、その設計内容が後工程への配慮を忘れていたり無視していたことを指摘され、設計のやり直しを余儀なくされるような事態を未然に防ぐことが出来る。多くの製造業における従来の設計パターンは、この様な繰り返しが頻繁に行われ、著しく商品開発の生産性を低下させていた。「忙しい!、忙しい!」を連発する世の設計者達が無意識の中に行ってきた全くの無駄な作業の部分である。また若い設計者達が、物作りが全く理解できておらず、物作りを配慮する以前の設計を平気で行っていた例を筆者が行う"現状診断"や"ベンチマーキング"の場面を通じよく見かける。これらの問題に対して、開発の初期段階から、それらに関わるあらゆるスタッフが、それぞれが持つ知恵を出し合うことは極めて有意義な取組であり、製造業にとってこの取組は極めて有効な手法であると言える。

昔から行われていたコンカレント設計
 その昔筆者が現役の設計者だったとき、長図板(A0サイズの製図板の板部分を横に3〜4枚分幅を広げた極めて横幅の大きな製図板)の前で構想設計を練っていると、通りがかりの先輩設計者達が後ろから筆者の描いている構想図を覗き、色々と話しかけてきた。 長々と蘊蓄を述べ、自分が経験をした同類の設計対象物に対する考え方を伝授してくれる先輩。筆者の設計意図を尽く聞き出し、その詰めの甘さや誤りを指摘し、また着想の良さをほめてくれる先輩。暫くの間黙って後ろから構想図を眺めており、おもむろに厳しい"ケチ"を付けてくる先輩。その表現は千差万別だが、基本的な設計技術の継承が自然且つ円滑に行われている設計現場で筆者は育った。20年以上前のことである。  当時からその設計部署では計画図検討会やデザインレビューの仕組みが取り入れられており、ルール化された設計審査の関門が各所にあった。しかし限られた時間での審査には当然制約もあり、実務者ベースでの調整・連絡・摺り合わせなどはこれらの機会に行うわけには行かない。その設計部署ではこの様な調整・連絡・摺り合わせは、関係する設計者達が、対象の設計が行われている製図板の前に集まり、必要に応じ頻繁に行われていた。筆者の場合、時には生産技術の担当者や製造や購買の担当者を製図板の前に引っ張ってきて色々とアドバイスを仰いだ物である。  当然、所属する設計チームの課長や係長クラスへの報告もこの製図板の前で頻繁に行われ、設計方針やアイデアを出し合うディスカッションが設計チームのメンバーを交え行われたものである。  この様に製図板上に張られた紙に描かれた構想図や計画図を用い、ある種のコンカレント設計が、筆者の経験した設計部署では20年以上前から行われていたのである。

2次元CAD普及により消滅した"原始コンカレント設計"の伝統
 筆者の経験したようなコンカレント設計を本記事では"原始コンカレント設計"と名付ける。この様な"原始コンカレント設計"は当時筆者がいた設計部署だけの特異なケースではない。当時の機械系製造業であれば、至極当たり前の設計部署の姿であったと思う。少なくともTQCに取組"設計の品質"を追求していた製造業であれば当然の設計部署の姿であり、コンカレントエンジニアリングそのものの考え方が、1980年台前半における我が国製造業の商品開発方法を研究した米国研究者の手により提唱された事実を見ても理解頂けよう。

ではこの我が国製造業の良き文化が何故各所で消滅していったのであろうか?
 筆者はその最大の原因は2次元CADの普及であると考えている。またそれを促進させた2次的な要因として、バブル期の急激な市場拡大に対応すべく急激に膨れあがった設計組織と業務の分業化が挙げられる。

何故2次元CADが先のような設計部署における良き文化を潰えさせたのであろうか?
 2次元CADの導入が始まった当初、これに用いられるディスプレー端末は極めて高価でしかもナーバスな代物であった。ディスプレー1台あたりの価格が約1000万、煙草の煙や埃・高温・高湿厳禁と言う有様で、俗に"金魚鉢"と呼ばれる外部と遮断されエアコンがしっかり効いた閉じられた空間にこれらのディスプレーを設置する必要があった。そうすると構想設計や詳細設計を行う設計者は、自分の席からその金魚鉢に移動し設計作業を行うことになる。当時の多くの製造業の設計部署の空調は未だ不完全な物が多く、暑い夏などは金魚鉢の中がうらやましがられた物である。  この様な運用形態故、かつては通りすがりに後ろから覗いての文化が、まず物理的に出来なくなってしまった。更に最大でも21インチのブラウン管画面に図面の一部分だけを表示した画面では、後ろで黙って覗いていたとしても何を設計しているのかさえ解らない。ただでさえ忙しい設計者達は、この様な障害を乗り越えてまで直接自分と関係のない後輩達の設計を覗く必然性もなく、そして直属の上司以外の先輩が若い設計者達の設計内容をのぞき込むことが無くなっていったわけである。  また2次元CADは設計図面の一部分しか表示できない制約故、全体を見渡した設計が出来ない(行わない)設計者を大量に生み出した。特に正面図、平面図、側面図に対しバラバラに設計検討を加えた事が明らかに解る設計を頻発している悪い事例が、筆者が行う"現状診断"や"ベンチマーキング"でも良く見受けられる。  更に最悪なのは、先輩達が設計を行った計画図の電子データを引っ張ってきて、先輩達の設計の意図も考えず、ただ単にそれらを切り張りしただけの図面を作図することが設計だと勘違いしている設計者もいる。