私が行う現状診断におけるヒアリングの中などで、商品設計者達から良く聞く言葉に、次のような言葉がある。「下敷きとした前の図面に併せて公差は決めている」「寸法のしっかり抑えなければならないところは、一番厳しい最悪状態(指定公算が最悪に振れた場合)における寸法のずれを積算し、それでも大丈夫な用に公差は決める」「均一な製品を目指し、とにかく最悪を考えた公差を入れている」等の発言だ。
多くの製造業における、生産技術部署(金型、工程設計、組み立て等設備設計&製造等)に取って、製造しようとする製品に要求された寸法精度の厳しさは、その設備設計の難しさ、設備製造の難しさに直結する。当然コストにもだ。また必要以上に緩い要求寸法精度は、製造される製品品質のばらつきに直結し、不良率の増大や、市場に供出した商品のクレーム率に結びつく。このため、これらの部署の技術者達は、品質とコストとが最も塩梅良く最適化される様な、最適な寸法公差を常に求めている。そして商品設計者に対しては、常に考え尽くされ最適化された、寸法公差が示されることを本来は求めている。
ところが、私が行う現状診断のなかで、これら後工程の生産技術や製造のスタッフ達にヒアリングをすると、概ね次のような答えが多くの製造業で返ってくる。彼らと商品設計者達とのディスカッションの中での話だ。彼らに取っては、極めて重要な問題である寸法公差の厳しさに対して、その必要性などについての図面内容への質問は、当然厳しく行われるのが、何処の製造業においても同じだろう。特に厳しい要求寸法精度(厳しい寸法公差)は、当然の事として槍玉に挙がる。しかし彼らは、闇雲に寸法公差を緩めろと言っている訳ではない。まともな製造業であれば、たとえその要求寸法公差が、自社の製造工程能力に対して極めて厳しい値であろうとも、納得の行く筋が通った説明が商品設計者からなされれば、彼らは工夫や努力でその難問に答えるアクションをとる。しかもコストを上げずにだ。
だが残念な事に、どこの製造業でも、最近の設計者は「前の図面もこうなっていたのでよく分からない」的な回答をする設計者が多くいるそうだ。「前の図面で巧くいっているのだから、変えると不味い」と、その自分が与えた寸法公差の目的も判らずに、高圧的で頑なな態度を取る商品設計者も、少なくは無いそうである。
コストや作り易さの側面から考えると寸法公差はなるべく緩い方が良い。しかし製品の品質や、品質のばらつきを考えると、寸法公差は厳しく取りたくなる。このトレードオフ関係にある要求に対して、如何に塩梅の良い設計が出来るかが、設計者の腕の見せ所であるはずなのだが。
2次元CADの特徴に、流用図作図工数の大幅低減効果がある。また既に作成された部品図を切り取り張り付ける手法での、組み立て図や計画図作図工数の大幅低減の効果も挙げられる。そしてこれらの特徴が単に製図工数削減の用途で用いられている間は2次元CAD導入の弊害などと言われることはなかった。設計者はあくまでもその作図の手間を省いただけで"考える行為"要するに設計作業はしっかり行っていたからだ。特に計画図段階での切り張り行為は何も2次元CADが導入されてはじめて始まった物ではなく、製図板の時代にも複数の既存図面のコピーを張り付けての設計行為は頻繁に行われていた。その文化の延長上でのCADを用いた設計検討行為だったわけだ。
ところが何時の時点か定かではないが、多くの製造業でこの設計検討行為が見かけだけの設計検討行為にすり替わってしまう状況を起こし始めた。要するに既存図面の切り張り行為という行為そのものは同じだが、それを用いて設計検討行為を行うという一番肝心な部分が抜けてしまった"見せかけの設計"行為を行う設計者が増えるようになってしまったのである。多くの製造業における商品設計者達はどうもこの状況に陥っているらしい。
さらに世の中が、三次元CAD化してゆく将来、このまま手を拱いていると、この問題はもっと大きくなって行くのかもしれない。
話題を寸法公差の話に戻す。手書き図面を使って設計していた時代は、重要な寸法部分は、製品の出来上がり寸法が、寸法公差内で正規分布をすると仮定した統計計算を用い、その寸法公差の追い込みを多くの設計者達は行っていた。どちらかと言えば、この様な設計行為は当たり前の行為でもあったはずだ。ところが現在、公差計算をまともに行っている設計者が何人にるのだろう?
さて、この問題を解決するためには、再び設計者達が、公差計算を遍く行う文化を復活させる必要がある。しかしこのIT化が進んだ今、計算尺や電卓を取り出すこともないだろう。統計計算ならエクセルなどの表計算を活用する方法もあろう。探せば寸法公差検討用のフリーソフトもあるかもしれない(私がウエブ検索で簡単に探した中には見あたらなかったが、きっとあるはずだ)。そして当然この様な用途に用いる、市販のソフトはここ10年、だいぶ進化した。
次回は、これらの問題を解決するために有効であろう、公差解析のツールにどの様な物があり、その動向がどうなっているのかを紹介する。