今の設計者は本当に設計をしているのか?

自分の扱っている製品をよく知っているか?

 設計にとってまず重要なことは、設計者自身が、自分の扱っている、担当している製品を、よく理解していることである。これがまず真っ先に求められる必須条件であることは、会員諸君も異論はないだろう。自分が扱う製品を解ってなければ、設計など出来るわけがないのである。

 しかし現実には、自分の扱っている製品を、良く理解してないのではないかと疑いたくなる、設計者をよく見かける。

 ある大手製造業の設計部署、30代前半の主任の肩書きを持つ設計者の場合だ。

 私は現在、彼らに構想段階におけるCAE活用の具体的なアプローチを支援している。そして、その設計者が担当する製品の開発段階で、設計判断用途に用いる解析のモデル(メッシュ切りではない)化を行おうとした時のことである。

 機械構造のシンプル化(私はスケルトンモデルと呼んでいる)化と、機械に働く物理現象の把握、機械に起こる物理現象の予測を、その設計者に宿題としてまず指示をした。次回の訪問でその設計者の席に赴き、宿題の説明を受けたのだが、その説明は惨憺たる物であった。機械構造のシンプル化と来たら、単に細かい穴や、リブ類を簡素化しただけの、オリジナル構造そのものを見せられ、私は唖然とした。折角同じの宿題で、物理現象の把握や、起こるであろう挙動予測を指示してあったのにと、呆れた記憶がある。

今の設計者は本当に設計をしているのか?

 少なくとも、彼らの先輩達は、きちんとその設計行為を行っていた。CADが一般化する前に、製図板で設計アプローチを学んだ設計者は、この様なモデル化を常に行っていたはずである。機械構造を、その骨組み(基本構造)だけにして(設計の初期段階では元々この骨組的な物しかない場合も多い)、それに対して既に把握できている、若しくは予測される、機械に加わる物理現象を条件として与え、予測される挙動の評価データを導き出す行為をだ。

 その検討方法や計算方法も様々だ。例えば、多くの機械の命でもある、機構原理を構想・検討する場合、定規やコンバスを用いた機構学的検討と、機構部品の重さやバネ・摩擦などを元に立てた運動方程式による挙動追い込みがなされるだろう。強度や変形の問題では、材料力学的なアプローチで、構造の簡素化は、片持ち梁や両端指示梁、単純板モデルであったかも知れないが。

 また、CAEを用いたアプローチといえども、基本的には、これら先人が行ってきたアプローチと、全く変わるところはない。ただそのシンプル化度合いが、従来に比べ大幅にオリジナル形状に近くても良く、その計算をコンピュータが行ってくれるだけの違いでしかない。(得られる結果も、大幅に現実に近いデータで得られるが。) そして、先の設計者には、前もってこの辺りの考え方は十分に話してあった。

 ではなぜ、彼はシンプル化が出来なかったのであろうか?実はシンプル化だけではなく、物理現象の把握や、挙動予測も満足に出来ていなかったのである。

そして、その答は明らか"これまで本当の設計を一度もした事がない"今明らかになるCADの弊害

 その答は簡単で、彼ら(少なくとそその設計者)は、その入社以来、10年間設計部署にいながら、一度も本当の設計を行ったことがなかったからである。しかも10年間、幾つもの商品開発に携わり、今では主任の役割を果たしている設計者がである。

 本節で例に挙げた設計者を、10年も設計部署にいたくせに、一度も設計を行ったことがないと、私は決めつけた。しかし彼に対する前提の紹介で、その設計者は、幾つもの商品開発に携わっていたと紹介した。この二つは一見矛盾する。

 この矛盾の理由は、2次元CADを用いると、本当の設計をしなくても、図面が出来てしまうところにある。だからこの設計者は、本当の設計をしなくても、出来なくてもこれまで済んできたのだ。

 先輩達が描いた図面の、2次元CADデータを引っ張ってきて、商品企画部署などから要求された部分だけを、絵的に矛盾無く描き直す事で済ませることが出来たからである。要するに、先輩達の設計意図を理解せずしての"物まね設計"、"お絵かき設計"を行っていたわけである。

 きっと本人は、これまでその行為を、設計と思いこんでいたのかも知れない。特にバブル期、急激に規模拡大を図った製造業によく見かける現実であり、私以外にもこの問題に警鐘を鳴らしている意識ある人々は少なくはない。