質問 |
先進国(アメリカ)での3次元設計はかなり図面レス化が進んでいると聞きます。私どもでは3次元CADを久しく利用しているのですが、2次元設計及び3面図(2D)がなかなか止められそうにありません。本質的3次元設計、究極の3次元設計とはいかなる設計でしょうか。? |
回答 |
ご質問と同じように、最近次のような質問をよく受けることがあります。「先進国(アメリカ)での3次元設計はかなり図面レス化が進んでいると聞く、本質的3次元設計とはいかなる設計か?」この様な内容です。
まず米国での3次元設計が我が国より進んでいるかと言う話は、私の見解とは若干異なっております。私は仕事柄米国その他のCAD/CAM/CAEコンサルタント達と絶えず情報交換を行っており、又ユーザー側の立場から見たお互いの国内状況を伝えあっております。
確かに米国製造業における3次元CADの導入率や、3次元設計への移行率は我が国に比べ極めて高い物があります。しかしこの数字のみを持って、米国製造業の設計技術(特にCADツール活用にフォーカスして)が我が国より進んでいると言うにはかなり無理があると思います。
しかし確かにCAD販社のセールスマン等は、「3次元CADを使っていない製造業は極めて時代遅れで、これが使えこなせていないとグローバルスタンダードに乗り遅れ、生き残って行けない」などとの脅し文句を良くちらつかせます。また開発元から来た人たちの講演も"日本の製造業の文化"を知らずして、米国流の視点で見たグローバルスタンダードを語ります。
では何故米国では3次元化が進んでいるのでしょう。その理由は2つあると私は思っております。その一つ目は"人材の流動激しい米国企業社会の事情"であり、2つ目は"職人技とキャリアアップが結び付かない「図面を描く技術」「読む技術」の事情"です。またこの2つの事情は極めて密接に結び付いている事情でもあります。
「図面を描く技術」「読む技術」については私の著書「3次元CADによる設計の改革術」に詳しく述べてありますが、設計者が本来求められる"新しい機械を創造する"、"より高品質で高性能且つ廉価な製品を開発する"能力とは別な能力です。しかし製図板の時代から2次元CADの時代までは、設計者が頭の中に描いた設計意図を具象化する手段として製図しか無く(ポンチ絵もあったが)、このため「図面を描く技術」「読む技術」がない技術者は、設計者に向かないと切り捨てられて来たわけです。
また「図面を描く技術」「読む技術」は設計者予備軍の持って生まれた素養の部分もありますが、徒弟制度的にある程度時間を掛け身につけてゆく職人技的な技術でもあります。ところが"人材の流動激しい米国企業社会の事情"は、採用側の経費で若いエンジニアに 「図面を描く技術」や「読む技術」を身につけさせる文化を今や持っておらず、3次元で設計させればそれでよいと言う発想です。また一方「図面を描く技術」「読む技術」の様な製図職人の技を身につけても、売り物になる自己のスキルアップとならず、自己のキャリアアップに結び付かない事が判っている若手技術者は、当然の事として3次元に行き着くわけです。
ですから米国の至る所で3次元CADが主に用いられていると言う事情は、3次元設計の技術が先行しているからではなく、その社会的事情による物と言った方が妥当と言えるでしょう。
ところが我が国の製造業は、その多くが崩れ始めたとは言え終身雇用の文化を保っております。また新入社員には根気よく製図の教育を施す。このような面から、設計ツールが2次元CADであっても不都合ではない製造業が少なくはないわけです。また概して設計者とは保守的な者です、長年慣れ親しんだ2次元製図を、訳の分からない3次元CADに切り替えるなどとんでもないと思うベテラン設計者は沢山おります。また設計部署で生き残ってきた彼らにとっては、「図面を描く技術」や「読む技術」をは少しも難しくない事で、この技の無い技術者は、設計者に向かないので切り捨てられるべきだと本音では思っております。そして多くの場合この様な人達が、それぞれの設計部署を担っているケースが多く、彼らの声を無視しての3次元化はとても難しいと言う製造業が沢山あります。そうして3次元設計という面で見ると我が国の製造業は米国製造業に大きく遅れを取ってしまっているわけです。
また、3次元設計で先行している米国製造業は、その活用レベルや適用レベルでは、確実の我が製造業に差を付けつつあることは事実でもあります。このため事情の違いはあるにしろ、我が国製造業が余りうかうかしてはおられない状況であることも確かです。
しかし、「本質的3次元設計」にまで立ち入れている米国製造業は、まだ存在しないと私は判断しております。
私が考える「本質的3次元設計」
設計構想段階から一貫して3次元のデータを用いる設計スタイルです。そのデータは当然設計作業が進むにつれ細部が徐々に詳細化されて行くにしろ、基本的には構想・着想段階から量産出図段階まで一貫した同一データが用いることが出来ることを最終ターゲットとしております。
構想段階では、意匠設計者や構想設計者の思考を妨げない簡単な操作性を持ち、例えばデータグラブのような入力装置を活用して、その目的に(意匠を試行錯誤する、新しい機構を試行錯誤する、全体レイアウトを試行錯誤する等)設計者の頭脳と意識を集中できる機能が望まれます。音声入力で「10ミリ厚くして」「ここに20ミリの通し穴を空けて」など音声コントロールもあるとよいでしょう。また各種コンピュータシミュレーションツールと密接に結びつき、この段階で定義された形状や配置での概略性能シミュレーションが行えることも必要です。これにより機械の大まかな性能を追い込むことが出来きます。そうすると物を作って壊してみる、そしてその対策を行うのではなく、この段階で徹底した仮想試作・仮想試験を行う事が出来、素性の良い基本設計が実現出来るようになります。
詳細設計段階では、更に緻密な各種シミュレーションや物作りに関わる検討などを十分に行える機能と、設計の意図を的確且つ容易に表現できる形状定義機能が必要になります。これらの機能を駆使出来ると、更に徹底した仮想試作・仮想試験による設計の追い込みが、その性能面、その物作り面からも可能になり、高品質且つ低コストな製品設計が実現出来るようになるからです。
出図段階になると、設計の意図・設計の目的を物作りを担う人々に的確且つ分かり易く伝える手段が必要になります。これまではISOやJIS等で規定された製図規格で製図された図面がこの役割を果たしていた。しかしこの図面による意図伝達には図面を「読める」「読めない」の問題から来る図面を読む側の問題からの難しさがありました。だから究極の3次元設計では、この段階まで各種設計検討に用いた3次元データ上に、これらの必要情報を分かり易い形で且つ的確にデジタル情報で附記する事により、その使い勝手、保存性、検索性、流用性などを画期的に向上させる事が望まれます。そしてこの段階で、初っぱなから一貫した同一データを進化させながら設計を詰めてきた成果がデジタルデータとして残る事になります。最後は、出図・物作り・管理など、この後に続く一連の物作りに関わる全ての部分を、これらのデジタルデータのみで実現する、デジタルマニファクチャリングへと結び付くことが、究極の3次元設計と私は考えております。
ただし誤解しないように気を付けてほしいのですが、全ての製造業がこの究極の3次元設計を行えと私は言ってはおりません。その企業の文化、設計者達の持つスキル、扱う製品などにより、必ずしも全てを3次元設計で行うべきだとは思ってはおりません。中には全く2次元だけで済む製造業もあるでしょうし、現在それぞれの製造業が採っている設計体制がかならずしも否定される物でもありません。例えば2次元で設計を行い、データ交換や3次元検討が必要なところだけを3次元モデリングで対応すると言う使い方も、その条件次第では合理的だと私は思っております。
この辺りの判断基準の参考例を、私の著書「コンカレントエンジニアリングによる設計の改革術」に載せてありますので参照下さい。